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95.3%

 アカン、時が経つ程に状況が訳ワカメで手に負えなくなってきてしまう、ので書き溜めていたものを流します。

 いやぁ、このモニョる気持ちは解消しておこうかなというか。
 正直に言うと、自分の中のUltima八徳の理念が崩壊していくと申しましょうか。
 こうも「ヒトの愚」というものばかりを見せ付けられるとね、、、。

 前回最後と言ってましたが「けもフレ2」、正直ちょっと外野視点で書きすぎたかなというのは気にしてまして。それは「こちらはこちらの話をする」為に必要以上に触れなかったという面がまずある訳ですが。ただそれと同時に実のところはこの話題、「『正常性バイアス』という言葉との戦い」という非常に難しい話になってくるんですよね。

 ただでさえこの手の作品評価というのは「受け手の取り方次第」というマジックワードに踊らされがちな話題。そこに被さるファン心理、そして集団心理。
 実際それらを排除してなるべくプレーンに捉えようと試みればこそ、「(1期否定という)その気は無かったのかもしれないが、ことごとく描写・演出がズレるあまりに誤解を受けたのではないか」、とはなってしまう。
 でも実は個人的には、この「解釈次第」という考え方自体を小狡くも利用されるケースが有り得るし、それが今回だとすら正直思っているところ。ええはい、私も95.3%の一人ですね。

 先の「その気はなかった」という解釈と同程度に、今度は逆に「適当にキャラ萌えを並べてお涙頂戴で演出しておけば、後はオタクが良きに解釈してくれる」という、無粋な勘ぐりすら容易に可能。(論拠としてそれだけの無粋な脚本の羅列が存在する訳で)
 むしろそれで本来は多数のキャラ萌えファンに絶賛されつつ「1期否定?何のことかな?穿った見方しすぎじゃないですか?」という路線に持って行く筈が、脚本の致命的な不出来によって打算が天然に押し流され、世にも奇妙な珍作品として世を困惑させることとなった、というのが実情だったのではないか(?)とすら。
 勿論全ては「勘繰り」ですが、こういう勘繰りが容易に発生しうるような出来映えだったとは自分も思っているのですよ。ただこれを下手に発言すると客観性という言葉の波に飲み込まれてしまうというだけで。
 そりゃだってプロだもの、普通は有り得ないと思いますもの。なのに、有り得ないレベルのお粗末な結果しか出てきてないんですもの、、、。

 自分も長年生きていれば「残念な続編」、その出来映えが物議を醸した例など幾らでも見て来たけれど、今回はそんなレベルはとうに超えていると言っていい。
 元々この作品には「1期イメージを払拭して2期イメージに切り替える」というテーマがあった事は確実で(最終話の描写)、それ自体に危ういリスクが満載だというのにそれを避ける努力を一切することなく(むしろ作り手のエゴでしかないそれを)安易にお出ししたのも事実。それを持ってして「受け手次第」とするのはあまりにも作り手だけに都合の良い、逆に卑怯な考え方ですらないかと。

 だからこの場合、よくある炎上問題のように「受け手の解釈」というだけではなくて、「そのような解釈を生む物をわざわざ出した」という点まで含めて捉えるべき話題ではないかと。
 これは一般に喩えるなら、「トイレでカレーを食べる」シーンをゴールデンタイムに流して、「そのような意図は御座いませんでした」という言い訳で済まされるのか、そういう次元の話題だと。
 ここは、自分なんかより遥かに外野(騒動を聞きつけ、平成史に残るクソアニメ事件の見物目的で見た層)の友人と話して、この温度差というのを改めて感じてしまった次第。
 それ故に、少々他人事としての書き方に徹してしまった(冒頭の通り)点、少し反省もしてしまった所。まぁ本当、下手に触れるのは難しいのですよコレ。

 などと書こうとしてたのが先週くらいからの話なんですけども、
 そうこうしている内に現実の方が「事実は小説より奇なり」の展開になってきているようで(大汗)、いやもうこれ触らない方がいいんですよねホント、、。
 自分はただ「外野が半端に首を突っ込む野暮さ」に荷担してないかという申し訳なさあっての弁明文を展開する筈だったんですけども。
 しかしもうそれどころではない、ホントあの馬鹿共何やってんの、ってな感じの展開のご様子です。まぁその内まとめサイトとかにどんどん出て行くと思うのでそれはそれで。(火消し業者が縦読みで愚痴を流した(?)説とか、なんかもうスゴい)

 そんな悪意だの何だのに晒されている時分に見掛けたのが、この動画、
ランボー 怒りのけもフレ2
(元ネタを知っていれば分かりますが後半が本番)
 「みんな誰が悪いしか言わなくなった」のところで、我に返らされる気分ではありましたよ。

 自分も当初、「祭の強制解散」といった話を書いていたのを思い出しまして。
 ここはアニメじゃなくても自分の好きな領分に当てはめて考えてみれば、あまり無下に出来る話題とも言えないんじゃないかなと。それこそ自分なんかは「つい隣家で火事が起きた」ようなものなので、いつ自分に降りかかってくるかも分からない話題ですからね、、。

巨大ロボ子

 近所の野良猫が騒いでいる、、、。ネコ姉さん、最期まで良い姉さんでしたねぇ。
 日曜朝から大量出血描写は大丈夫なのかと思う矢先にまさかのネコ娘死亡と来て流石にびっくらこきました。お化けは死なないとか言いながら魂ごと消えた妖怪は墓を作って弔われている、毎週堂々とOP詐欺を謳っている番組だけに。
 たぶん最終的には丸く収まるだろうけれども、シーズンの変わり目というタイミングだけにレギュラー交代等々不安視もされる状況。まぁ今日日そうそう下手を打つこともあるまい、とは思いますけどね。

 ええまぁ、思わぬ前フリの前フリになりましたが。
 これ以上死人に鞭打つのも悪いかなとは思いつつの「けもフレ2」9話、飼い犬(イエイヌ)という現代人に最も身近な話題を取り上げてのあの内容は、既に灰になった焦土からのまさかの再炎上。
 6話のかばんさんは一期問題も絡んでややこしい評価にはなっていたけれども、今回は、悪意の視覚化だとか、お涙頂戴の打算だとか、そんな高度な計算すら存在しない純粋な「実力不足」を目の当たりにさせられたと思いますよ。無論当初から分かっていた事だけれど、ここまでかと。

 ちょっと物悲しいシナリオを扱ってみたかった、しかしあまりにも実力が伴わなかった、何ですかねこの反射率100%の鏡を目の前に置かれているかのような気分は。

 などという盛大な自爆型前フリネタのオチを付ける前に、先にやることを済ませます。そのままオチは見なくて一向に構いませんよ(ぉ)。

 さて、先々月に続き先月予定していた前年度残件消化モードなんですが、
ROBOT魂 デルフィニウム
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 お前等どうせ投げ売りだとか虐めんなよっていう。(笑)

 ただでさえ負けヒロインの搭乗機という売れる筈の無いポジションなのに、しかもちょっと正直本編の方が後半微妙だったので。誰も買わなさそうだから保護しました。
 実際、変形要素まで備えた主役機に対して、スタンダード一般機の隊長機カスタムみたいな位置付けが精々なので、立場柄お情けで商品化されたようなものですよね。どう考えてもデザイン的にも値段的にも主役機の方が売れ線な訳ですが、そこは「だが断る」とばかりに。中の人(乗り手)補正が効きますよね、こういうキャラクター商品は。

 うん、はい。イチゴちゃん可愛かったですね(ぉ)。(っていうか主役コンビが全然、、)
 取り敢えずロボ子デザイン目当てで見るだけ見てみたら、(またこんなしょうもないSFアニメネタかよとは正直思いつつ)、最初っから完全に負けてる負けヒロインのNo.015ことイチゴちゃんがあまりにも不憫なので、ついつい見続けてしまいました。何でこんな昔ちょっと八方美人だっただけの主人公に惚れちゃったのこの娘っていう。まぁ若いからね、しょうがないよね。実際お子様ムーブもありますけど、だってお子様ですもの。
 そんな負けムーブにトドメが入ったのが13話くらい、まだ1クールもあるのに「もうやめて、この娘のHPは~」と思っていたらすぐに決着も付いて大団円の15話。その後は絵に描いたようなしょうもないSF設定消化パートに入ってしまい、「こういうSFアニメ()、みたいなのはもうやめようよ」と思っていた訳ですが。そもそも作り手も「途中までは予め考えていた内容だが、後半は見切り発車」って、要は元々あれが最終回だったんじゃねーかということで万事解決(ぉ)。
 いや、最低限言い訳しておこうと思いまして。別に作品を評価してる訳でも何でもないと。
 ただまぁ話の方向性がアレだっただけで、演出以下の各スタッフは頑張って仕事した内容だとは思いますけどね、とは一応フォロー。勿体なかったっすね、と。
 デザイン的には自分も本当ならジェニスタなんですけど、(乗り手もあれだし)まぁ出る訳もなかろうと。せめてものイチゴちゃん供養だったのでした。

 さて、盛大な前フリからの自爆タイム、
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 、、、と行くところだったんですが、すみません、ちょっと今回は(も)仕上げは諦めました。

 以下また言い訳並べてしまいますが、自分の中でのまとめというか。
 あまり大したビジョンもなく、「よくありそうな構図」をさらっとチャレンジする程度の思惑だったのですよ。「やってみたかった」、ってのがまずは前フリの巨大なブーメランですからねぇ、、。(まぁアマチュアとプロが同レベルで語られる時点でおかしな話ではあり)
 別に卑下する訳じゃないですが、実際問題「なんか、オーラが無いよね」というところで、これはいっそ描き直しコースかな?ってやってたのが昨年の比屋定さんですし(描き直してアレかとか言わない!、ということでリンクも貼らない(ぉ))
 今回ちょっとそこまで気張る気力も時間も潰えましたので。原作に倣って見切り発車、、どころか停車してしまったのか。
 いやでも実際、元々オマケのつもりで描き始めたデルフィニウムの方に「あ、ロボ子カッコ可愛い」と思い始めて主従逆転した時点で計画が狂っていたのかもしれません、ってな感じで。

 まぁスタンダードな構図ほど実力も出るというか、元々やればやるほど「成る程、分かっていないことは分かった」の繰り返しなので。こんなことよりもっと勉強せねばなぁ、と。ただ同時にチャレンジもせねばならず。
 最大の問題は何処までその時間が割けているのかという点では、ぐうの音も出ない状況。結局、昨今そのチャレンジのスパンを上げていこうという目論見も、いつもの四半期ノルマくらいが分相応だったという結果にはなりつつ、逆にその時期も押してきてちょっとピンチという(汗)。

No kemono

 さて、先月の続きと行きたい所だったのですが、生憎、別の意味での先月の続きで状況も芳しくないまま、気付いたら流石にちょっと時間も足りなくなってしまい、平日にこれ以上気張るのも厳しいので今月はお茶濁し回。
 まぁこんなもの書いてるヒマがあるならって話もなくはないですが。これはこれで、過去に触れてしまった以上はキリを付けると言いますか。

 いやぁ、最近何だか妙にドリクラアイリCDの”From Yokohama”が脳内再生を始めるんですよ。って全宇宙の小数点以下N桁%に通じるかも分からないネタで表現するなという話ですが、まぁ「疲れ目に流れて来たこの曲の物凄い破壊力」といったところで。
 もはや諦念の極致にある仕事(しかしやると決めたことはやる)の傍らに、また他人様の残念プロジェクト進行の惨状を見せ付けられもすれば、そりゃガッカリというよりもゲンナリの相乗効果ってな代物でしてね。

 ええはい、只今絶賛炎上中のけもフレ2のお話に御座います。いやもう炎上を通り越して灰になってますがな、、。
 いやぁ、まさかここまで悪手の悪手を行くコンテンツ製作が今時あろうとは。
 (喩えるなら)アイリでシリアスをやっちゃいけないことくらい俺でも分かるぞ!という。

 まぁ自分、けもフレは当時も書き残したように本編よりもその周辺のネタを楽しんでいただけの身分ですが。いっそ2は「プロの意地を見せて貰おうか」等という軽い茶々入れで見たら、それも容易に吹き飛ばす低予算番組っぷりを続けていた序盤の内はまだ良くて(しまじろうと言われてたけど「しまじろうを舐めるな」という)。件の5話で「いやこれ拙くないか?」と思ってからの6話の垂直降下というか、そんな言葉すら生温い垂直落下・墜落爆散ぶりには唖然というか無惨というか、、。
(流石にもう巻き返す芽は無いと判断して書いてますが、まぁ万一どんでん返しでもあればきちんと掌クルーするとは言っておきます。けどあれだけグダグダな低クオリティぶりを見ればそれも無いよねと。)

 そんなところでネット上でも「どうしてこうなった」の答え合わせが絶賛進行中と申しますか。それも「証拠はない、状況証拠だけ」という代物に過ぎませんが、それが余りにも揃いすぎていると自分も流石に「ちょっと考えが甘かったかなぁ」とは思わざるを得ず。(>要は「黒幕」論)
 「可視化された憎悪」なるワードが出回ってますが、まさか長年の経験者がここまで馬鹿な行動を取れるものかと思えばこその最大限の好意的解釈に努めたつもりだった訳で。それも今回、「憶測で悪く考えてはいけないが、憶測で良く考えてもいけない」ということを学んでしまったように思いますよ。
 あるいは信じる者がすくわれるのは足元だけって、お前等ホントに言葉が上手いな!って思いますけども(笑うしかない)。
 本当に個人の我が儘で(大多数が関わる)仕事を台無しにしてしまったのか。あるいは「いっそ手に入らないなら全てを焼き尽くす」という、何処かの漫画に乗せた台詞コラの説得力がありすぎてもうね。
 まぁ全ては憶測に過ぎませんけどね。

 憶測と言えば、「初代アプリから一期の時も、アプリのハッピーエンドが無かったことになって荒廃した世界が描かれていた」、二期も再び同じ事が起きているという論調も出回っている模様。もっともそれ自体は「最早意地にでも好意的に解釈し続ける盲信ファン」の言といったところなのでリンクを貼ったりは避けますが、まぁ確かに、コンセプトデザインの吉崎が好きそうな話でもあるのは確か。ちょっと切ない裏設定。
 ただそれでも彼はまだ過去には裏に忍ばせるくらいに留めていたし(実例として思い付くのはオトメディウスの「ゴーファーが見たうたかたの夢」というメモ書き)、それをメインに持ってきても誰得ですらないという一線は弁えていると思っていたのだけれどね。

 まぁ実際は誰が発端で誰の実力でこうなったかは憶測の域は出ない話だけれども、ただ少なくとも製作幹部陣はこれで行くと決めた訳だし、現在(不必要な迄に)ネットで言い訳をばらまいてるその連中は「これで行けると思い込んでいた」のでなければ出ない発言ばかりを残している事実はある。(あれももし「言わされている」のだとしたらとんだBIG BROTHER級の巨大権力だろう、みたいなレベル)

 そんな訳で、実のところは昔からこういう「悲しい続編」系の話を思い付く人間は割と居るというか。それも割と陳腐に収まりがちで、だから「同人みたいな設定」と揶揄されるのだけれども。
 しかし一時期それが割と流行ったというか安易に用いられた時代もあって、そういった残念な物語表現やら何やらに慣らされてしまっている層というのが居るのですよ、実際。まぁ我々くらいの世代のことなんですけどね(苦笑)。90年代くらいからのアニメ暗黒期と申しますか、あの辺りの言ってみれば前世紀の感性・価値基準。その水準で止まってる人間の例は幾つも見てきてしまったしうっ、頭が。前から言ってる20年という数字にふと「失われた20年」という言葉も過ぎりましたが、それはコンテンツ業界にも言えることなんだろうかなと。
 ただ実際は、そんな安直な悲劇展開はロクでもないという経験則が積み重ねられて今の時代になっているというのに、それを学習できずに今に至っている製作者も残念ながらまだ一杯いると。

 この辺は別にコンテンツ業界に限った話でも何でもなくて、ってのが実は最後の自分の中での本題になるんですけども、「己の今の価値観がナンボのものか」という危機感は常に持たないと駄目だよねと。
 自分も人のことは言えないけれども、自分以上に「今までの自己の経験を絶対と信じてしまう仕事ぶり」というのは、長年色々な仕事付き合いを積み重ねるほどどんどん身に染みてきてしまう話。分かり易く言えば「いつまでそんなやり方してるの」と言いますか。「(そんなやり方は)皆に駄目だと思われてるからこそ改善されようとしている」、そうやって積み上がって出来ていく「今」についてもきちんと目を向けて吸収していかないといけない訳で。

 とはいえもっとも、必ずしも過去を否定すりゃいいってものでもないのは言うまでもありませんが。過去があってその経験を踏まえて今に繋がっている、その課程を学んでより良いバランスを模索していく姿勢こそが重要ではないですかねと。(言ってみればそれが人の歴史というか)
 まぁ自分だって何処まで出来てるかはサッパリ分かりませんけども、ってなブーメランは覚悟しつつ、盲目的に過去にしがみつく連中も、安易に新しい物に飛び付くだけの連中も、どっちもどっちで殴りたい(でもって多分自分も殴られる)、そんな本音を抱えての普段の日常の中で、こんな「しょうもない個人判断レベルの失態」をまざまざと見せ付けられれば、苦言の一つや二つもこぼしたくなろうというもので。

 そんなこんなで、焦土の跡の残り火を眺めながら、今の自身の近況に重ね合わせて勝手にヒートアップしてお届けいたしましたが。
 ただその残り火がどんどん憐れな事にもなってきて。まぁ悪意を向ければ悪意を返されるのは自明であるのだけれど。それが仮に故意であれ無自覚であったにすれ、それが招いた結果とその原因に向き合うべきであって、まぁ実に反面教師な話ですよね、とは思わざるを得ないところ。

#とかまぁマジレスしまくりましたけど、くだんの件そのものはもう済んでしまった(過去形)以上は後は笑い話にしてますので。次は(次があるなら)頑張って下さいとしか。

アナタヲ追イカケテイマス

(※タイトルは以前の物に引っ掛けただけで深い意味は無いですが)

 最近実のところ頭痛続きでちょいと不安にもなってしまう。月一ノルマは生存証明だとはよくぞ言ったものですよね。
 まぁ延々取れない鈍痛以上の自覚症状は無いので、ただの慢性的な疲労蓄積、乱れすぎた私生活による自律神経の不調だとは思いますが。

 でもって少し前にyoutubeで見たFF1(ファイナルファイトじゃないよファイナルファンタジーだよ)のプレイ動画、は内容的にさておいて今語りたいのはそのエンディング部分。
 当時のファミっ子には何だコレと思われてたかもしれない、既にグラフィックチップを置くのが当たり前の時代にLINE描画命令でリアルタイムに描かれるThe Endの文字を、当時既に「ちょっと懐かしい」と思っていたマセガキだったり(コンピュータ体験としてはPC-6001mkIIに遡る)。ほかゲームの原体験となるとどうしてもドラクエその他にネタを譲ることにはなるけれども、実は一時期は完全にFF派だったこともありましてね。
 何より印象深かったのはシリーズ当初は外部の脚本家(寺田憲司)に委ねられていたストーリー。ことガーランド(ラスボス)の2000年ループの話と、EDテキストでの、歴史を修正して帰還した主人公達を迎え入れた人影の中には(正常に戻った世界での)ガーランドの姿もあったという、この短い一節が若い頃の自分に物凄く突き刺さっていたなぁと改めて思わされたところ。
 自分の時間SFの原初は、もちろん話に触れたのはこれが最初ではないだろうとはいえ、根強いインパクトを与えたのはこの辺りだったのではないかなと。

 そんな訳で時間SFということで、若干遅ればせながらになりますがアニメ版シュタインズ・ゲート ゼロ
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 いやぁ、比屋定さん良かったっすね。
 などと描き逃げで雲隠れしてしまいたいくらい、また軽い気持ちで練習の種にする筈が、(いつものロボ子みたいな深海の底の趣味層と違って)現役の人気アニメに手を出してしまうという身の程知らずぶりに「怖じ気づく」のスキルが未だ絶賛発動中なんですが(お陰で年内の予定もすっかりやばくなって参りましたが何とか仕上げた次第)、そこはそれとして。
 前作に触れたのだから今作も触れずには居られないというか、実際今作こそ触れておきたくなったと申しますか。

 一通りの時間SFネタを盛り込んで大団円で終わらせた作品の、ラストを改変して次に繋げるというびっくり洋ドラ展開(雑な方の)。友人に説明した時も「エクステンドw」と笑われるくらい、あまり良い予感はしないタイプの続編製作。自分も恐る恐るで録画を溜め込んでの一気見視聴に臨んだ所なんですが、しかし蓋を開けてみれば実に素直に「良いシーズン2でした」。

 まず正直に言ってしまうと今回は、「作り手が厨二病を卒業してしまった」感に溢れる続編製作。そりゃあ5年以上の時が経っていますもの。
 ただ実の所ここが「前回馴染みきれなかった」層にとっては逆に有り難い話でもありまして。単に感覚が麻痺しただけかな?くらいにも思っていたけれど、amazon prime videoで劇場版や前作を少し見返して「ああうん、やっぱりこうだった」と一寸構えてしまう当時のアキバノリ。これが今回は明らかに抑えられて、随分素直なSFアニメドラマとして見られる内容になっていたように思う。
 そもそも今回は主人公の心が一度折れた後の話なので、そうふざけていられる心理状態でないというのもあって周りも気遣っている状態。そこから勿論前作ラストに繋げる意味では最低限のフォローは入るんだけど、劇中でも年長者に窘められつつ本人も気恥ずかしさを言及する脚本。そりゃいつまでもアキバノリも無いよねっていう。それを決して過去作品否定にはならない程度に、しかし確実に内輪受けを回避した姿勢が見て取れた。
 まず今回の追加キャラの比屋定さんが完全に混じりっけ無しの一般人ポジションですからね。つくづく「作り手自身が卒業してしまった(笑)」と思わせられる部分。まぁ正確にはアニメ版しか触れていないので、原作までがどうなのかは分かりかねますが。
 ただ自分もココで今でもしょっちゅうアホな表現は選ぶものの、昔よりは確実に気恥ずかしさを隠せないレベルの文章選びをしている訳で。全く他人事ではないこの親近感と申しましょうか(笑)。しょうがないですよ、人ですもの。長く生きると色々とね。

 そしてそういういわゆるアクが良い意味で抜けた状態で描かれたキャラクタードラマが、前作以上にじっくり描かれていた印象。ぶっちゃけ白状すると涙腺何度か緩みました、はい。(歳食ったカナー)
 今回は続編・シーズン2という強みもあって、時間SFギミックの視聴者への説明は前作で既に終わっているのでドラマパートに専念できたという背景もある。でもそれ以上に、ストーリーギミックに頼らずにドラマを見せてくれたという印象も正直強い。実際SF的な要素の追加そのものは今回少ないんだよね。
 ここは昔から思っていることで、「SF作品はギミック(の良さ)ではない」という持論。無論SFギミックが作り出すストーリーの軸はあって、但しそれを紡ぐキャラクターのドラマがあって初めて作品として面白くなる。SFとは好みの方向性・ジャンルであって、食材を楽しむ為には結局は料理その物が重要であると。
 いや前回も割とキャラクタードラマは楽しめたと思ってるけど、今回はそこがより強化された印象と言いますか。前回から冗談半分で洋ドラ云々言っていたけど、実際そういうドラマ作りをスタッフも意識していたんじゃないかなと思わされたところ。

 そういう意味では昨今、まるで生き急ぐかのように1クールで次から次へと消化する時代になってしまって、無論その枠の中でぎっちり凝縮した短編的に良く出来た作品作りもあるのだけれど、同時にやっぱりあまりにも何もかも消化が早すぎる危うさは感じていたところ。
 こうして2クール*2シーズンで楽しませてくれたSFアニメドラマという枠組みは素直に支持したいと思いました。
 何のかんので自分らが若い頃に見ていた(特に暗黒期のやっつけ)作品に比べれば、アニメ脚本も随分良い物も出てきたよねと。

 という訳で、最初は頑張ってネタバレ無しで書いてからと思ったら、何だか十分書き切ってしまったかのような。
 しかしまぁもうちょっと触れたい部分もありますので、以下ここからは核心にも触れる完全ネタバレ路線ということでご注意をば。
 尚、アニメ版しか知らないので、原作だともっと色々補完もあったり違うのかもって点はご容赦下さいませ。あくまでアニメ版2シーズンとしての作品評価。

 という訳で冒頭の比屋定さん(左)。
 このロリコン共めって言われかねませんが、まぁちびっ子的キャラクターに釣られやすい事実は否定しませんけど(人それを以下略)、ただこの人の場合は本当にただ普通に「背の低い女性」なだけなんですよ。(そもそも自分はリアルで若い頃にちびっこ女史が担任だったので、背の低い大人も居るのだという感覚はその頃から普通にあったので。)
 当初でこそ子供と勘違いネタから始まり、左右互い違いのサンダルを履くというお子様にも程があるキャラ付けはあるんだけれども、そういうキャラデザと脚本が全く噛み合わないまま霧散しちゃったとでも言いますか(笑)。後は理系テンプレで身嗜みを含めた無頓着さがあるくらい(でも寝起きの顔でビデオチャットに出た事を恥じるくらいの常識はある)で、それ以後は本当に背が非常に低いだけの、メンバー初の年長者ポジション。ここが実に好み。
 これを書く前に見直してたら、感極まったダルが殴った時(16話)に(涙ぐんだ顔故に)「顔洗ってきなさい」ってその場のフォローの仕方が実に当人らしい振る舞いだったのだなと。これがもし前作のアキバノリのままだったら、あるいはそこらの脚色アニメだったら絵に描いたような年齢不相応のロリっ子キャラにも描かれていたよねという。そんなキャラ作りだったらその時点で視聴を止めていた恐れすらある。

 そんな比屋定さんですが、作品のメタ的にはぶっちゃけクリス2号、つまり今回お亡くなり中の天才の代わりの技術担当。見る前はAIクリスがその代役なのかーくらいに思っていた所のこの配役。それも取って付けたような新たな天才枠ではなくて、逆に「優秀な後輩を持ってしまった先輩」というドラマ配置。
 そしてアマデウスの戯曲から、若き天才モーツァルトに嫉妬した(とされる)サリエリに自らを重ね、自身のPCアカウント名にまで用いる自虐行為。ただこれは、勿論当人も嫉妬の感情は自認しつつも、それを踏まえて自らを奮い立たせる為の、「自戒」としての意味合いが第一にあるのだと。そういった人の弱さと強さを両立させたキャラ立ては、ぶっちゃけ凄い好みなのですよ。

 あとこれは最初に見ていた時に、自分も「ああ」と思わされた所がありまして。
 自虐というのは必ずしもネガティブな結果だけを求めての行為ではないのだけれど、それは人には非常に分かりにくい物かもしれないと。いや「かも」じゃないよね。
 例えば分かり易い所ではお絵描き周りで「適性の無さ」と「やっぱつれぇわ」を連呼してはいますが、それは別に同情を誘いたいという話ではないんだよなと、以前に知人と話していて感じたところ(その場はややこしくせずにスルーしたけど)
 勿論、嘆きの壁を越えられない自分の先天的スキルポイントの無さに悶える感情は否定できないけれど、ただ同時に「全力は尽くせているのか」と問われた時にも決して頷くことは出来ない自分の努力の甘さも現実として確実にあって、その次元にいる内はまだ嘆くのは1000年早いとしか言いようがないですからね。
 まだまだ全然駄目だよね、ただでも弱音くらい吐きたいよね、の集大成としての「やっぱつれぇわ」ってのはやはり万能だと思いますホント(笑)。(注:ネタ元にはそこまでの意味はないんじゃないかと思います)

 少し脱線しましたが、
 そんな決して代役ではない新たなキャラクターとして組み上がった所に、加えて、亡き当人の人格をコピー再現したAIのAmadeusクリス(冒頭右)が、「先輩にとうとう彼氏が出来た!」とばかりに、若干のお節介と悪戯心も含みつつも何より本心から喜んでプッシュしようとする様が実に微笑ましく。これこそ全世界の独り身がAIに求めちゃう理想の関係性じゃあないですかという、実に俺得のITコンビの構図に、「あ、これもう(クリスはAmadeusのままで)比屋定さん新ヒロインでいいんじゃない?」と。

 とはいえやっぱり、シーズン半ばの一時帰国の際、Amadeusクリスが主人公を気遣って出た「いつか本心から笑える日が来ると良い」の一言は「ああやっぱこの人正規ヒロインですわー、敵わないわー」とは思いましたけどね。
 しかも「まぁ、やるよね」とばかりに、時間軸を正常化させるための手段としてのAI開発自体の抹消(過去改変)。前作は自身が死ぬ世界線を選ぶことで皆と過ごした日々は完全に消え去って、今回もまたAIとして活動した事実そのものが消え去って。どんだけβ世界線で「記憶」としての存在を否定されてるのこの人っていう。(毎回)22話で存在が消える非業のヒロインとか言われてなかろうか。しかし一番美味しい所を持って行く重鎮ヒロイン。

 ただですね(まだあるのか)、
 実のところ今回シーズン2のヒロインはマユリでしたよね。
 強いて言えば前作のα世界線のヒロインがクリスで、今回β世界線のヒロインはマユリ。

 マユリはぶっちゃけてしまうと前作では、おっとりぽわぽわ系の被保護者の立ち位置はキャラクターというよりもマスコット的な印象が正直強かったように思う。
 皆で楽しいアキバ青春が送れればそれでいいくらいの夢見ポジションのまま、最後の最後で突如ビンタをかました時は「あれこんなキャラだったのか」という、まぁ芯は強い子だったのだろうと捉える感じの、言ってしまえば大団円を迎える前に最後の役職を与えられた程度の意味しか感じていなかった所はあった。
 そして今回のエクステンド続編化に伴って、よりにもよって「(その優しさが)主人公の最後の心を折ってしまう」というまさかの戦犯への改変。どっちもどっちで、良いのかコレ?というのが今回の続編の出来を懸念していた一つの理由でもあったかもしれない。

 でも実際はだからこそ、その悪意の無い甘えが生んでしまった結果への後悔も踏まえ、そして「幼馴染みの兄は、あくまで良い『お兄さん』だった」という悲しい乙女心も織り交ぜつつ、ただの何も知らない無垢の被保護者の立ち位置から脱して、きちんと自身の思いを込めた自主的な行動としてのビンタだった(主人公の激励としてのねw、勘違いなきよう)のだという、そこに至る流れを丹念に描いたのが今作だった。前作ストーリーの補完であることは勿論、何よりキャラクターとしての大きな補完が行われたのが今回のシーズン2だったのだと。
 しかもラストは主人公お迎えエンドとか、完璧にヒロインじゃないですか、マユリさん。
(なんか上手く書けなくて比屋定さんパートよりも短くまとめちゃったけど、実際は軽く見返すつもりで流した16話辺りのエピソードで相当グッときてそこからつい見続けてしまって「ンモー(予定が)」ってなくらい大好物ではありましたので。すっかり前作と印象違えたのはホントなんですよと。)

 ただまぁちょっとだけ思ったのは、世界線って一つに書き換わるんでしたよね。
 本作は多世界解釈ではない。前回微妙に混乱させられた部分。
 だから全ては一本に収束する世界線の為の行動であって、犠牲になろうが何だろうがそれは全て無かったことになって真の幸せに至るのがこの作品だったのでは、と。つまり何で改変で消える筈の世界線でのお迎えとかやってるのかな?と。エピローグとしては絶好の演出シーンなんですけども、はてと。
 まぁこの辺、変えた未来との関係云々等と考えると実に面倒くさいのがタイムパラドックスって奴でございまして。そこはこれ、
 「タイムパラドックスを解消する方法は一つ、『考えないこと』」
 ああやっぱジェインウェイ艦長最強ですわ。(一応:スタートレックVGR)

 ってところで見事にオチを付けたつもりになりまして、この辺りで幕締め。
 長々と恥ずかしげもなく感情移入晒す歳かよ、って感じですよね。
 まぁ実はあれから結局、さしてSFも、洋ドラすらも最近はご無沙汰になってしまっている自分には、丁度良い塩梅の作品だったねということで。

お疲れ様2018

 恒例行事。
 天海春香さん、おめでとうございます。
 けーぜろさん、お疲れ様でした。

 前厄ですね。
 そうか、先頃Android Chromeに振り回されていたのはこれなのか。
 実際調べると現行版(v65)は不評のようで、うちのサイトがAndroidでくっそ重いのもこの所為だと言い切ってしまっていいと思う。少し多めにデータを吐かせるだけで恐ろしいくらいに固まる。
 こちとら確かに無駄にデータ量は多いけど、言ってもテキストだし、この程度のデータ量が受け付けられないとか流石に厳しい。自分のjs処理を削っても変わらないので、wordpressのtwentyseventeenに極大級の癌が潜んでいるのか、その調査をしないといけないのかと戦々恐々。
 しかしChromeをプリインのverに戻した(v55やv58)だけで実に快適に動いたというね。無論v65に上げ直すと重くなるのでデータ初期化とかは関係ない。何か変な解析でも走らせてるんだろうかね。表のオプションは切っても変わらなかったので裏の機能だろう。
 お陰で、昨今webブラウズが耐え難いレベルに重かったタブレットはフラッシュメモリの劣化なのかとばかり思って買い換えも考えていたところ。よくよく思えば重かったのはブラウザ(chrome)だけで、全ての合点が行ってしまったとしか言いようが無い。

 そんな訳で、実に幸先の良い(ぉ)スタートですが。

 この前ついうっかり友人に自分のへっぽこ絵を見られてしまいましてね。(無論隠しているつもりもないけれど、お互い人の生き方には干渉していないのでサイトもFBも双方見ていないという。腐れ縁なんてそんなもので。)
 「ロボ子だから腕がぎこちないのか」という実に忌憚ないご意見を頂戴しましてね(笑)。
 「畜生、ならロボを描けば良いのだろう」と思った、などというのは勿論、時系列デタラメな後付けなんですけども、
 (単にそろそろアイリちゃん以外も描いて幅を広げていかないといけないと思っている所で)
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(うん、まぁ、うん、、、。まだ歪んでるよね。相変わらず線画を形にするだけで手一杯だよね。色塗りなんて最早そこに行き着く前に力尽きていて、方向性ブレブレのままそもそも方向(方角)も分からないまま歩いてるよねこの人。ってのは前回と変わらない反省文。)

 昨年後半にティーパックマン追悼、と考えたところ真っ先に浮かんだのはコレでした(えぇ)。
 すぐに動く余力も実力も無かったけれど、先月単行本も出た所なので改めて丁度良い頃合いになったのかなと。

 そんな訳でラムネ&40の守護騎士セイローム。
 よもや人生で初めて描いたロボ(模写以外で)がセイロームになろうとはね。(※天板と背中だけのドルドレイは土台みたいなもので)
 ってか資料も恐ろしいくらいに何も無さすぎて、よく分からない所を自分で補完する引き出しも無かったんでアレですが。当時の劇中絵なんて大半はへっぽこ作画の時代ですし、ぶっちゃけ過去に自分がキャプチャした物が唯一最大の見せ場だったんじゃないかというね。参考

 でもってティーパックマン。
 ティーカップを頭にティーバッグを武器にしたティーパックマン。
 (一応、最新連載のネタバレあります)

 今回のシリーズから自分も本連載を追い掛けるようにしましてね。見落とすと辛いので単行本で良いと思ってたけれど、たまにはライブ感というのを味わってみたくなりまして。
 そしてそのライブの感覚を最初に味わえたのがティーパックマンの回でしてね。よく頑張ったよ、うん。
 所詮はギャグ漫画時代に瞬殺されただけの、キン消しでも流行らなければ誰も覚えてなさそうなへっぽこ超人が、まさかの汚名返上とばかりの躍進、、、でも何でもなくて、明らかに格上の新戦力相手の更に先鋒という完全に負け確定のカードで、予想通りに手も足も出ずに負けるという敗北戦に3週も足掻きに足掻き続ける展開は、後続のカナディアンマン共々、結果的に見れば情けない負け戦を見せ続けられたと言われるのも無理はないけれども、でもね。
 そもそも彼等は普段、超人触れ合いイベントとかでお子様相手にわいわい和やかにやってるような平和な超人世界の住人なのですよ。それこそ人様のアイデアを拝借して喩えると、セルリアンの暴走からアライさん達を守るかのような、のんびり平和維持が主な活動の場参考:物凄くぴったり)
 そんな自らの立ち位置・実力は分かっていても、勝てるとは思っていなくとも今やれることをやる。うん、どっかで見た光景ですよね、これ。最後の涙ごと凍らされる悔しさは他人事じゃないよね。

 などと、この歳になって漫画の木っ端の負けキャラにここまで感情移入させられちゃうとかね。これは当時からの長い年月を経た思いの蓄積の賜って奴ではありますが、これは作家と読者が時代を共有してこその味なのかなと。ゆで先生にこんなに楽しませて貰える未来が来るとは思ってませんでしたよホント。

 そんなところで次に来たのは、勿論来るだろうとは期待していたけど本当に来ると盛り上がってしまってしょうがない、運命の5王子(今のところ4王子)
 北米旅行でヨセミテのマリポーサグローブの名に勝手に盛り上がっていた身としては、飛翔・マリポーサの活躍も期待せざるを得ませんが、やっぱり何より強力・ビッグボディだよね。作者自身に「最初から負けキャラなので適当にデザインした」とか言われちゃってるビッグボディ。対戦カード次第では真っ先に負け担当にされそうなビッグボディ。
 だからこそ、いつ何処でブック破り参考の活躍を見せてくれるか、実に楽しみでしょうがない。

 そんなこんなで、年甲斐もない楽しみに興じさせてもらっているこの頃でありました。

のけものしかいない、、、

 前に貼った現象のジャガの秘密が削除されてた。悲しいね。
 まぁ、続けて投稿した平沢MMDに過剰反応したアンチの攻撃でも受けてしまったのだろうか。配布の意図は無いと明言してたし個人利用で節度を守っていれば問題なかったろうに。肖像権云々なんてそれこそ、平沢雑コラはそこら中でされているのだし、むしろ本人が雑コラやってるくらいなのに(参考)。
 個人的にはジャガーマンシリーズのファーストコンタクトにして、正直一番気に入っていた物だっただけに(似たようなコメントあるけど俺以外の同士ですよ)。ケイオスな掴みから入って良MADにここすきに往年のflashノリ、日記にBB素材と楽曲の余韻。一通りの要素を踏まえつつの良い構成をしてたと思うんだよね。何なら平沢MMD部分を雑にマスクして再掲載してもらいたいくらい。結構リピートしてしまってた口なので実に残念至極。悲しいね。

 悲しいと言えばもちろん、一度触れた以上は書くつもりでしたが、やっぱり当然予想通りにたつき監督はのけもの確定でしたね参考1。最初から沈静化を待った(というか他の契約期間の都合とかそういうのもあるだろう)だけの話だよね。

 一応言っておくと自分はけものフレンズはニコ動その他のネタを拾うばかりの外野なんですけど、あの独特の緩さから伝播していった所謂インターネットミームの数々を楽しませて貰っていた口としては、それがこうも強制的に祭を解散させられるような話を目にしてしまうとはね。
 ほんと日本のコンテンツの維持の仕方はド下手クソというか。今のアニメは一期1クール勝負で二期に続くことすら珍しいその使い捨てっぷりに、「今のアニメファンはそこまで飽きっぽいのか?」と首を傾げていたくらい。無論、継続に堪えないレベルの小ネタを数打てば当たる消耗戦に出ている側面もあるにはあって、製作側もそういう仕事に慣れきって逆に長続きするものを生み出せなくなっている等とも考えていたけれど。それ以上にそもそも論として、大元の制作レベルで「コンテンツを継続させる」事そのものに興味が無い、という事実を突きつけたのが今回の事件だったのではないかと思う訳ですね。(世界レベルで見ても頭のおかしい中抜き構造は有名だけれども、そういう利権構造を固持する事が目的であって、ぶっちゃけ弾数なんて次を補填すればいいくらいの話だろうと。)

 ふっくらのギンギツネはここすき要素満載だったし、そういうのが今後も一杯続くであろうと皆も期待していた筈が。それこそ今頃はアライさんが緑のたぬきで猛威を振るっていたであろうにね。(割と素で間違えてた所もポイント。多分コレの所為w)

 まぁけもフレ最大の味を作り出したたつき監督自身はめげずに独自の道を進んでいるし、今後もブレずに頑張って貰えれば幸いなんですが、
 一方で気になるのは残された、コンセプト~キャラデザインまで手掛けた吉崎観音の方だよね。夏頃に「ようやくここまで来れた」と喜んでいる様を見た時から一転、すっかりケチも付いて(多分アンチもついて)、二期をやると言ったところで敗戦処理にしかならない惨状など当時予測出来ただろうかね。(最終回で二期決定!とか大々的に打ち出しておきながら二年後くらいにしれっと劇場版で消化した艦これを思い出しますなぁ)
 自分は吉崎観音もそんなに詳しい訳じゃないけど、過去に見てきたアイデアやコンセプトは結構好きな所があって、そういう作風とたつき監督の取り合わせは凄く良かったと思うんだよね。だからこそ放映後も「好きにやっていいですよ」って言葉は「(細かく指示しなくても)任せられる」という意味合いも含まれていたと思うし。それでお互いにやりたいように上手くやれていたものを、こうもあっさりと握り潰すとはね。そういう話なんですよ、これは。けもフレがどうとかだけではない。

 そんな年の瀬まで続くガッカリ感の象徴のようなお話でありましたとさ。

ロボ子新顔

 さて、今回は準備に手間取ったもので時が経つ間に前振りネタも浮いては消えて、果たしてどれを持ち出そうかというところ。
 去年の今頃は正に意味不明なしっちゃかめっちゃかの状況でしたが、今年はそれに比べれば断然穏当ではあるものの、のっぴきならないというか昨年の二の舞にならぬよう(※)備えようとすればこそ全く油断ならぬ状況といったところでありまして。(※二の轍を踏むと書いてATOKに誤用を指摘されました(ぉ)。)まぁいつもの如くキルン(コピー人間製造器)があれば少なくとも俺自身は平和になれるのに、と遠い未来に思いをはせながら(ぉ)。
 そんな訳で、「これが終わったら今度こそドリクラ(の残り)やろうかな」という(なんか色々な意味での)死亡フラグを無意識に立ててしまいそうになった今日この頃。せめて精神と時の部屋に籠もってドリクラ実況全制覇したいですね(ぉ)。

 ということで溜まりに溜まった録画の消化も完全に周回遅れで世間の流れなぞ何処吹く風。
 今更の反応ですが、いやぁ、ミラちゃんかわいいね!

 漫画原作の「Dimension W」アニメ公式
 近所の本屋でも随分前から推されていたので興味は抱きつつも、kindleのお試しは例の如く短すぎて全く役に立たず、どうしたものかと保留するまま時も流れてアニメ化が決まったもので、そのままお試しの機会を待っていた次第。(実際「まぁこんなもんか」となることも多いしね)
 それに単行本の表紙絵がボディペインティングのキャラクターイメージで固まっていたので、何だろう、「案外、異次元生命体の能力バトルみたいなもんなのかな?」くらいの警戒心のままでいた訳ですが。ふと昨今の表紙を見たら「これロボ子じゃねぇか!」(ぉ)
 次元Wの発見・活用によりエネルギー革命を起こした世界という、近未来SFモノでした。そしてある博士の遺した謎の最先端ロボ子ミラが、実にいいロボっ子ぶり。
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 うちは地上波のキャプチャ環境がないので仕方なく自分で描いた、という建前で。
 ノリと勢いで早々に企画を立てたはいいもののいざ形に起こすとあれなのはいつもの話で。「うん、まぁ、うん」の言葉の中に物凄い量の残留思念が籠もっているとお考え下さい(ぉ)。(話が540度くらい逸れるので割愛)

 それはそれとして、「また頭に変なの付いてる」って話ですよね。今回は耳と尻尾。
 ドリクラ・アイリといい、コンバットさんといい、我が脳内中枢部に鎮座するロボ子トレンドがどれも「人間の頭に如何にもすぎるロボットデバイスを着けたもの」になってしまっていることは気にしていたもので(注:初瀬野アルファさんはレジェンドすぎて別枠)。そこに来てまたこの路線かよと。
 そうでなくとも前述のように今回はヘッドパーツでロボ子と認識している訳ですが。いやだからつまり「絵的に分かり易い記号演出」ってだけの話なんですよ。別にこの如何にも感がいいと思っている訳ではないのだけれども、単純に形式化しやすい点は否定するべくもない。
 折角これだけ人間の外観を模しておきながら何でこんな如何にもな異物が付いてるのか、って冷静極まる突っ込みが大きい訳ですが、強いて言うなれば「内蔵型以上のより高性能な外部拡張デバイス」として、つまりそれだけ「人ならざる機能を有する」象徴としての役割を果たすと(まぁそれが何故センサ系に偏るのかという話はありますが)。後はそういう外部拡張にしたからには折角だからと作り手のデザイン趣味が反映されてこそのケモ耳だったり尻尾だったりする訳で。現実に、この国には空気抵抗ブレーキという名目で新幹線に猫耳を付ける企業があるんですから(ぉ)。

 とまぁどうでも良い言い訳を一度書き並べておきたかったもので。
 ついでに言うと、今やこの手のロボ子デザインの大御所に位置するであろう東鳩マルチはこの歳でありながら実はよく知りません。
 今となっては触れておいた方が後学のためだったのかなと思うこともありますが、如何せんあれはなぁ。某PC雑誌でエロを削ったPS版について熱く語ったライターの姿を見せ付けられてしまい。(近しい立ち位置の人間として)トラウマにもなるよあれは、うん(全く笑えない)。

 もっとも今回のこの百合崎ミラに関しては、ロボ子とは言ってもAIというより全身義体と有機脳によるいわゆるサイボーグに類するものなのかという気はしてますけどね(本人が知り得ないだけで)。まぁロボとしての自らの身体機能をうまく扱ってる点は非常に面白いので、それだけでも。
 ただお話の方は早くもストーリーモードに突入して出番少なめっていうか、そもそも主人公ではなくて1キーキャラクターなのでしょうがない。
 取り敢えずアニメ見終わったら原作読みます。販促貢献できたねよかったね(笑)。

時間ノ波ヲ超エテ

 さて、年末の締めの前にちょっくら。

 「シュタインズゲート」のアニメ版再放送を見ましたよ。
 360版は以前に食いつきながら圧倒的厨二病ゆえに体験版で挫けてしまったものの、話としては気になりつつアニメ版の放送も逃していたもので。そのうち再放送するだろうと思っていたら4年も経っていたとは。

 うん、面白かったですよ。
 特に、2クール連続アニメのクライマックスに突入した自分が、いつの間にか次回作の宣伝を見せられていたところなんかね。

 いや、まさかの再放送での内容差し替えという奴です。(丁度次回作の発売直後だったらしい)
 いやもう前代未聞と騒がれていたけど、こちとら違う意味で前代未聞だよ。最終回返せよ!(笑)

 そもそも22話でお話としては悲しいながらもかなりキリの良いEDを迎えた後だったので、いわゆる真の解決編を残り数話でどう落とし込むのか不安も入り交じりながら見守っていたところ。とうとう主人公の心が挫けて挫折からの新展開、って残り3話(注:全26話と勘違いしていた)でどうすんだろ。携帯もスマホっぽくなってた気がする?し、CMでやってたAIとかも出てくるんじゃん?なんだ結構詰め込んでたのね。と、壮大な次シーズンクリフハンガーへの差し替えを見せつけられて尚、当人は未だに事態を飲み込めていなかった模様(笑)。
 そして続けざまに次回の録画を再生したらいきなりの特番。「ここに来て宣伝番組挿入とか、これまだ最終回まで放送されてないってこと?」、と最初に心配したのはそこかと(注:残り録画本数の計算で、26話と勘違い)。いやー、後半1クールは一気見していたのでここでお預け喰らうときっつくて。取り敢えず特番を早送りで回してたら「オリジナルの23話」というテロップが出てきて、そこでようやっと事態を掌握。そして、「じゃあオリジナルいつ放送した(する)んだ?」と再混乱もあったりしましたが。(結局「放送しなかった」というオチ。しょうがないのでゴニョゴニョ)

 いやぁ、ホントびっくりするくらいに面白かったですね。(マテ)

 いやいやまぁ折角なのでもう少し書きますけど。
 一応最初に断っておきますと、以前に書いたように厨二とアキバのオタクノリは半端ないので、あくまでそういうアニメファン層に送る時間SFエンターテインメント、ということで一つ。
 ただまぁ本当に主人公は「頭痛が痛い」レベルのどうしようもないノリを「わざと」やって遊んでいる姿に身悶えするんですが、芯は実に気が利く真っ当な人間なのでそこは安心しましたよ。

 以下、一応ネタバレありということで。
 お話の軸は、過去に電子メールを送れる機械を偶然開発したことと、それを応用して記憶を送ることでいわゆるタイムリープを可能にしたこと。
 過去メールによる時間軸改変と、やり直しのタイムループ。但し、近しい可能性の時間軸(世界線と呼ばれる)にしか飛べないので、強固に収束する未来からは逃れる事は出来ず、延々と「変えられない現実」を繰り返し繰り返し体験して疲弊していく主人公。そして物事の根源に近付く為には、皆々が望んで変えていった過去を順々にキャンセルしていき元の時間軸に戻ることが必要。個々人の思いに触れ合いながら苦渋の選択でそれを踏み越えていった先に待つ最後の選択は、二者いずれかの死、という究極の選択。そしてそれすらも最後は当人が納得した上で選んだ結末は、ハッピーエンドではないけれども「皆の総意を得たベターエンディング」と言ったところ。

 いやー、いい最終回でしたね(22話)、という訳で話のネタとしては完全に綺麗に収まっちゃった後は、残る当初の伏線の消化を含めたエンターテインメントとしての締め。つまりはここが丸く収まろうが、新たな急展開をぶっ込んで次シーズンに繋ごうが、それは何処でも見られるよくある光景だったのではないですか(※洋ドラとか洋ドラとか)、ということになりますか(笑)。

 まぁそれはさておいて、そういう「悲劇のエンドレスループ」とか、「己の望む未来の為には他人の幸福を踏み砕かなければならないジレンマ」という、時間SFネタを大変美味しく戴かせて頂きましたありがとうございました、といったところでしょうか。
 こういう命題は、その選択が重ければ重いほど、その重さを描くにはまずキャラクター(人物)を描かなければいけない。それにはそれだけの尺が必要になる訳で、最初は正直「2クールもあるのに全然話が進まない」と思いながら見てたけれども、結果としてはオタクの青春の日常を交えながらの2クールの構成は丁度良い案配だったのかもしれない。
 これが洋ドラ・cartoonなんかだと、シーズンを通して積み上げてきたキャラクターを使って1エピソードにぶっ込む、って話になるんですが。そこはシーズン物で作るか一個の作品としてまとめるかの違いで。とにかくやっぱりこういうことをやるにはぽっと出のキャラクターでは感情移入できないからね、逆に今まで見てきたキャラだからこそ映えるものが出てくるよね、という話。

 因みに一つ最後まで引っ掛かっていたのが、自分は、この話の時間軸の解釈をいわゆる「多世界解釈(パラレルワールド)」と勘違いしていた点。
 タイムトラベルと過去改変が「主観の移動」として起こることであり、更にその中で(何故か)主人公だけが自他による改変に関わらず移動前後の記憶を保持してしまう能力を持っていた(他者の時間軸の分岐に巻き込まれるようなもの?)ことで、時間軸(世界線)を越えた観測者の立ち位置に納まり、それ故に本人だけが体験できる数々の経験・苦悩、それが「孤独の観測者」という話かと。
 そして主観であればこそ「己が最も望む未来」こそを欲するものの、そのためには他者が望んでいなかった未来を選ぶ必要があると。それは移った先の時間軸ではそこが当人にとっての現実になるというだけ(ぶっちゃけよろしくやってる別世界の自分にはなれなかっただけで、当人にもその認識すらない)の話だとはいえ、主人公自身は別の世界での幸福な姿にも直に触れているからこそ感じられる一抹の背徳感、そこに何処まで感情移入出来るかってところに面白さがあると思いながら見ていたりもしたもので。
 そんなところで、改変は当人の主観の中に収まるものと考えていたので、「未来を変えて!」と人に託したところで(託す側の未来人には)何も変わらなくない?、というのが最後まで引っ掛かっておりました。(追記:当人の主観(世界線)では既に起きた未来は変わらない?と思ってたからなのだけども、擾乱を防ぐ切っ掛けを作り平和になった世界線を見てみたかったというのはあり。だけどやはり個人体験に閉じる以上、未来でチーム一丸となって取り掛かる問題ではないんだよなぁと思うところ。)
 そしたらですね、そもそもこのお話はJohn Titorという実在の人物・事件にあやかったお話だったんですが、このオリジナルの主張は多世界解釈だったのに、こちらの作品のジョン・タイターは「世界線は一本」というお話にすり替えられていたと。書き換えられた世界こそが唯一無二の現実というパターンだったと。確かに前半を見返したら、アニメでは最初っから「世界線は書き換えられる」って説明になってましたわ。アニメでは省かれたのかもしれないけど、多世界の発言はCERNならぬSERNを欺くためのフェイクだったという設定があるらしい。
 史上最大の悪徳機関に仕立て上げられたCERNもいい風評被害だよねと思いつつ、そういやLHCは当時も凄いネタになったよね。LHCというと自分は真っ先にゴードン・フリーマン博士目撃の報を思い出しますけどね(笑)。(元記事の画像リンクが切れてしまっているようなのでこちらも参照)

 といったところで。
 今年はあまりにも余裕が無くて、気付いたらSFネタも全然仕入れてなかったなぁという所だったので、年の瀬に手頃なSFネタを味わうことが出来て楽しかったですね、というお話でした。

 なんか色々ありすぎて前置きネタも浮いては消えてでよく分からなくなりましたよ。
 ってかこんなもん書いてるヒマ(余裕)あるのかって話ですが、まぁいいじゃないですかたまには。

 CSで流れていたロボットガールズZ
 元祖スーパーロボット時代の擬人化(美少女化)モノと、いわゆる今時な企画もいいところで、正直ネタ半分で見てみました。
 というか流石にこの時代は自分も完全に守備範囲から外れていて、年の離れた兄貴でもせいぜい再放送を見たくらいじゃないのかなぁ。家にG1の玩具が辛うじて転がっていただけで、あくまで当時のヒーローロボット図鑑で「全然知らないのばっかり」と思いながらも名前と姿だけは触れたことのある時代。
 なんでまぁ誰が可愛かったかとか問われると、うーんと首を捻りながら「あしゅらだんしゃく?」とか答えてしまいそうな感じであるのですが。むしろ元ネタとかどうでもいいというレベルで見られたのは良かったのかもしれない。何より10分という尺が手頃で、細かいことを考える前にドタバタだけを見て和んで終わると申しますか。

 前から度々思っていたことではあるのだけれど、正直最近は5分10分枠のアニメの方が相対的に満足度が高いように思う。
 30分というのは元々テレビ放送フォーマットの都合であって、その中で10分15分に分けて短編エピソードを詰め込むようなこともやっていたけれど(今もあるけど)、「一週間でそんな作ってられるか」って時代になるにつれ、薄い脚本をペースト状に引き延ばすスタイルが定着して今の今まで残る所があるように思う。
 そうでなくとも15分が人の集中可能な時間の節目だという話も何処かで読んだし、それこそ個人的には「30分アニメって要らないんじゃないの」という暴言を吐いてみる。まぁ勿論、30分(や60分)の枠でこそ出来る話作りというのもあるし、全部が全部とは言いませんが。(ただそれを言うと洋ドラ・cartoonの方が圧倒的に枠に見合った話作りが出来ているという話もしてしまう所)
 この先(といっても当面テレビ配信の力は強いけれど)配信媒体の形が変わってくるにつれ30分の枠組に拘る必要もなくなるのかもしれないし、もっとコンパクトに楽しめる作品作りが増えてくると良いなぁと思いつつ。
 まぁ5分枠じゃ1クールが円盤1枚に収まってしまって売上が悪いって話になってしまうのかもしれませんが(ぉ)。でもなぁ、5分枠なら一人で主な仕事をやっちゃってそうなのもあるし、それこそ漫画原作とかなんて元々一人二人で作ってるものなのだし、同じく少人数(=低予算)体勢で作る方が合ってるんじゃないのかなとか思ってみたり。どうだろね。

 意外に話が延びてしまいましたが、
 見ていて若干感心(?)したのが、今時ならこれ明らかに見せてるだろうという動きのカットを描いておきながらも不自然なまでに隠す「鉄壁スカート」。(主語目的語の隠蔽)
 なるほどこれがジェネレーションギャップというものですかと(ぉ)。

 とはいえ、ヒーロー物の定番ともいえる「ピンチ回」でわざわざ服をひん剥いてからボコるという演出に、「ああ、このために取っておいたということね」と思ったのも束の間、股割き連続チョップに始まり顔面お岩さんのフルボッコ状態のインパクトの方が大きすぎて、ああなるほど、やっぱりこれがジェネレーションギャップというものですかと(ぉ)。
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 でまぁオチとしましては、
 「ロボットガールズZ」という響きから真っ先に思い浮かべたのは「パワーパフガールズZ」(ぉ)。
 同じ東映アニメーション製作ということで、あの時もこれくらい本気を出せていたらなぁと。
 ただセルフパロディと外様とでは遠慮の仕方が段違いというのはありますが。実際、PPGZの後期OPは「やっと本気出せたのか」と言われていたと思う。まぁ難しいですね。

 などと、
 「モルダー、あなた憑かれてるのよ」ってことで一つ。

ロボ子好きですか(直球)

 久々にgoogle analyticsの検索キーワードを覗いてみた。とはいっても実のところ以前googleがSSL通信をデフォにしてからnot providedが7,8割は占めるようになって参考、実際analyticsの中でも奥の方に追いやられてもう殆ど面白味もなくなってきてはいるのですが。
 とか思ってるところに現れた検索ワード、
 「ドリームクラブ アイリ 好きですか」
 何ですかこのどう答えても何かしらのダメージを被りそうな全方位地雷型のデストラップは(ぉ)。

 という訳で最近ロボ子ロボ子言いすぎてる我が空気を察したかの如く、チャンネルnecoが直球を投げてきたのでありがたく受け取って参りました。
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 SoltyRei(ソルティレイ)」。(以下ネタバレ含みます)
 リアルタイムというか本放送時に一度見ているけど、よくあるSFアニメ設定で終わったような記憶以外とんと思い出せないので今一度見直してみた。けれどもやっぱり最後は「あちゃー」というか何というか(失礼)。
 過去に事故で妻子を失ったオッサンの元にロボ子が文字通り落っこちてきて何故か懐かれたのでそのまま飼う引き取ることにしたという、まぁお察し下さいのお話。になる筈だったのに、本物の娘がしゃしゃり出てきてロボ子の立ち位置が微妙になりまくった上に、後半はよくある面白くも何ともないストーリー展開でますますロボ子が空気化しちゃったけど、最後の最後で覚醒して宇宙空間でのラストバトル。
 うむむ。これは、確かに見たことはあるんだけど逐一そのシーンを見るまで展開を全く思い出せない、その印象の薄さにも納得してしまうと言ったところなのだろうか、、。
 ただ後半の、世界の成り立ちとその命運を何たら的な展開は別にこれに限ったことではないよくある大風呂敷だし、それのSFアニメ版ということで、元々SFのパイが絶対的に少ないアニメ畑では敢えて王道的なネタから攻めるという目論見もあったのだろうか。しかしだからこそ「SFアニメっていつもこんなだよな」と思われているだけなのではないかと、この手のSFアニメを見る度に毎度のように思う。

 とまぁそんな訳で後半がアレなのはさておくとして。
 だからオマケのDVD特典?にはちょっくら期待して見てみたら、ああうん確かに前半はこんな感じだったよねと。ロボ子が居ても居なくても話は成り立っちゃいそうなところも含めて(ぉ)。
 いやまぁ、ロボ子がオッサンその他周りのキャラの人間性に触れながら人というものを学んでいくお話、ということではあるし。だからどちらかというと客観的な立ち位置に収まることが多い訳で。まぁもうちょっと(壁を壊すとかの便利屋以外の)絡ませ方をしてもいいんじゃとは思いますが。
 むしろこうも出番が少ないと、ロボ子ということで抑揚に乏しい声優を選んでみたら文字通りにあまりにも棒すぎて出番を削られちゃったんじゃないかと、ちょっと勘ぐってもしまう(笑)。そうでなくても緑髪の主役とか(俺得以外の)誰得なの?って思われがちだしなぁ。
 あとは性格的にただでさえ目立つタイプの上に、記憶を失って生き延びていた実の娘だったというローズの存在は流石に余計だったのではないかと。とか思ってたらあっさり死んで「ああそういう展開?、、、でもなかったような」というか「ですよねー」と結局生きていたヌルさは、近年の「主要キャラ殺しちゃった方が話題取れるよね」の風潮の今なら思い切ってやれたところなのかもしれないなと思いつつ。

 そんな訳で、コンセプトは(その筋には)悪くなかった筈なのに(だからこそ当時も食いついたのだろうに)、中途半端にまとまっちゃった詰めの甘さは残念だよなぁと。せめてExtra話のような話作りで最後まで行けたらね。2クール枠予算でそんな地味なものは多分許されない業界なのだろうなぁ。

 因みに今回は一度見た作品なのでExtra話の視聴こそを一応の目的としていたのだけれど、どういう訳かこれも妙に既視感があった。gyaoでやったみたいだし、そこでextraだけ拾ったりしたのだろうか。うーむ、結局は全部再度見直しただけだったんかい、という。まぁいいんですけどね。
 いつものチャンネルneco選抜組らしく、何も考えずにぼーっと見られる週一の癒しタイムとしてはしっかり機能して頂けましたので(笑)。(<褒めてるのだろうかこれ)
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