アナタヲ追イカケテイマス

(※タイトルは以前の物に引っ掛けただけで深い意味は無いですが)

 最近実のところ頭痛続きでちょいと不安にもなってしまう。月一ノルマは生存証明だとはよくぞ言ったものですよね。
 まぁ延々取れない鈍痛以上の自覚症状は無いので、ただの慢性的な疲労蓄積、乱れすぎた私生活による自律神経の不調だとは思いますが。

 でもって少し前にyoutubeで見たFF1(ファイナルファイトじゃないよファイナルファンタジーだよ)のプレイ動画、は内容的にさておいて今語りたいのはそのエンディング部分。
 当時のファミっ子には何だコレと思われてたかもしれない、既にグラフィックチップを置くのが当たり前の時代にLINE描画命令でリアルタイムに描かれるThe Endの文字を、当時既に「ちょっと懐かしい」と思っていたマセガキだったり(コンピュータ体験としてはPC-6001mkIIに遡る)。ほかゲームの原体験となるとどうしてもドラクエその他にネタを譲ることにはなるけれども、実は一時期は完全にFF派だったこともありましてね。
 何より印象深かったのはシリーズ当初は外部の脚本家(寺田憲司)に委ねられていたストーリー。ことガーランド(ラスボス)の2000年ループの話と、EDテキストでの、歴史を修正して帰還した主人公達を迎え入れた人影の中には(正常に戻った世界での)ガーランドの姿もあったという、この短い一節が若い頃の自分に物凄く突き刺さっていたなぁと改めて思わされたところ。
 自分の時間SFの原初は、もちろん話に触れたのはこれが最初ではないだろうとはいえ、根強いインパクトを与えたのはこの辺りだったのではないかなと。

 そんな訳で時間SFということで、若干遅ればせながらになりますがアニメ版シュタインズ・ゲート ゼロ
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 いやぁ、比屋定さん良かったっすね。
 などと描き逃げで雲隠れしてしまいたいくらい、また軽い気持ちで練習の種にする筈が、(いつものロボ子みたいな深海の底の趣味層と違って)現役の人気アニメに手を出してしまうという身の程知らずぶりに「怖じ気づく」のスキルが未だ絶賛発動中なんですが(お陰で年内の予定もすっかりやばくなって参りましたが何とか仕上げた次第)、そこはそれとして。
 前作に触れたのだから今作も触れずには居られないというか、実際今作こそ触れておきたくなったと申しますか。

 一通りの時間SFネタを盛り込んで大団円で終わらせた作品の、ラストを改変して次に繋げるというびっくり洋ドラ展開(雑な方の)。友人に説明した時も「エクステンドw」と笑われるくらい、あまり良い予感はしないタイプの続編製作。自分も恐る恐るで録画を溜め込んでの一気見視聴に臨んだ所なんですが、しかし蓋を開けてみれば実に素直に「良いシーズン2でした」。

 まず正直に言ってしまうと今回は、「作り手が厨二病を卒業してしまった」感に溢れる続編製作。そりゃあ5年以上の時が経っていますもの。
 ただ実の所ここが「前回馴染みきれなかった」層にとっては逆に有り難い話でもありまして。単に感覚が麻痺しただけかな?くらいにも思っていたけれど、amazon prime videoで劇場版や前作を少し見返して「ああうん、やっぱりこうだった」と一寸構えてしまう当時のアキバノリ。これが今回は明らかに抑えられて、随分素直なSFアニメドラマとして見られる内容になっていたように思う。
 そもそも今回は主人公の心が一度折れた後の話なので、そうふざけていられる心理状態でないというのもあって周りも気遣っている状態。そこから勿論前作ラストに繋げる意味では最低限のフォローは入るんだけど、劇中でも年長者に窘められつつ本人も気恥ずかしさを言及する脚本。そりゃいつまでもアキバノリも無いよねっていう。それを決して過去作品否定にはならない程度に、しかし確実に内輪受けを回避した姿勢が見て取れた。
 まず今回の追加キャラの比屋定さんが完全に混じりっけ無しの一般人ポジションですからね。つくづく「作り手自身が卒業してしまった(笑)」と思わせられる部分。まぁ正確にはアニメ版しか触れていないので、原作までがどうなのかは分かりかねますが。
 ただ自分もココで今でもしょっちゅうアホな表現は選ぶものの、昔よりは確実に気恥ずかしさを隠せないレベルの文章選びをしている訳で。全く他人事ではないこの親近感と申しましょうか(笑)。しょうがないですよ、人ですもの。長く生きると色々とね。

 そしてそういういわゆるアクが良い意味で抜けた状態で描かれたキャラクタードラマが、前作以上にじっくり描かれていた印象。ぶっちゃけ白状すると涙腺何度か緩みました、はい。(歳食ったカナー)
 今回は続編・シーズン2という強みもあって、時間SFギミックの視聴者への説明は前作で既に終わっているのでドラマパートに専念できたという背景もある。でもそれ以上に、ストーリーギミックに頼らずにドラマを見せてくれたという印象も正直強い。実際SF的な要素の追加そのものは今回少ないんだよね。
 ここは昔から思っていることで、「SF作品はギミック(の良さ)ではない」という持論。無論SFギミックが作り出すストーリーの軸はあって、但しそれを紡ぐキャラクターのドラマがあって初めて作品として面白くなる。SFとは好みの方向性・ジャンルであって、食材を楽しむ為には結局は料理その物が重要であると。
 いや前回も割とキャラクタードラマは楽しめたと思ってるけど、今回はそこがより強化された印象と言いますか。前回から冗談半分で洋ドラ云々言っていたけど、実際そういうドラマ作りをスタッフも意識していたんじゃないかなと思わされたところ。

 そういう意味では昨今、まるで生き急ぐかのように1クールで次から次へと消化する時代になってしまって、無論その枠の中でぎっちり凝縮した短編的に良く出来た作品作りもあるのだけれど、同時にやっぱりあまりにも何もかも消化が早すぎる危うさは感じていたところ。
 こうして2クール*2シーズンで楽しませてくれたSFアニメドラマという枠組みは素直に支持したいと思いました。
 何のかんので自分らが若い頃に見ていた(特に暗黒期のやっつけ)作品に比べれば、アニメ脚本も随分良い物も出てきたよねと。

 という訳で、最初は頑張ってネタバレ無しで書いてからと思ったら、何だか十分書き切ってしまったかのような。
 しかしまぁもうちょっと触れたい部分もありますので、以下ここからは核心にも触れる完全ネタバレ路線ということでご注意をば。
 尚、アニメ版しか知らないので、原作だともっと色々補完もあったり違うのかもって点はご容赦下さいませ。あくまでアニメ版2シーズンとしての作品評価。

 という訳で冒頭の比屋定さん(左)。
 このロリコン共めって言われかねませんが、まぁちびっ子的キャラクターに釣られやすい事実は否定しませんけど(人それを以下略)、ただこの人の場合は本当にただ普通に「背の低い女性」なだけなんですよ。(そもそも自分はリアルで若い頃にちびっこ女史が担任だったので、背の低い大人も居るのだという感覚はその頃から普通にあったので。)
 当初でこそ子供と勘違いネタから始まり、左右互い違いのサンダルを履くというお子様にも程があるキャラ付けはあるんだけれども、そういうキャラデザと脚本が全く噛み合わないまま霧散しちゃったとでも言いますか(笑)。後は理系テンプレで身嗜みを含めた無頓着さがあるくらい(でも寝起きの顔でビデオチャットに出た事を恥じるくらいの常識はある)で、それ以後は本当に背が非常に低いだけの、メンバー初の年長者ポジション。ここが実に好み。
 これを書く前に見直してたら、感極まったダルが殴った時(16話)に(涙ぐんだ顔故に)「顔洗ってきなさい」ってその場のフォローの仕方が実に当人らしい振る舞いだったのだなと。これがもし前作のアキバノリのままだったら、あるいはそこらの脚色アニメだったら絵に描いたような年齢不相応のロリっ子キャラにも描かれていたよねという。そんなキャラ作りだったらその時点で視聴を止めていた恐れすらある。

 そんな比屋定さんですが、作品のメタ的にはぶっちゃけクリス2号、つまり今回お亡くなり中の天才の代わりの技術担当。見る前はAIクリスがその代役なのかーくらいに思っていた所のこの配役。それも取って付けたような新たな天才枠ではなくて、逆に「優秀な後輩を持ってしまった先輩」というドラマ配置。
 そしてアマデウスの戯曲から、若き天才モーツァルトに嫉妬した(とされる)サリエリに自らを重ね、自身のPCアカウント名にまで用いる自虐行為。ただこれは、勿論当人も嫉妬の感情は自認しつつも、それを踏まえて自らを奮い立たせる為の、「自戒」としての意味合いが第一にあるのだと。そういった人の弱さと強さを両立させたキャラ立ては、ぶっちゃけ凄い好みなのですよ。

 あとこれは最初に見ていた時に、自分も「ああ」と思わされた所がありまして。
 自虐というのは必ずしもネガティブな結果だけを求めての行為ではないのだけれど、それは人には非常に分かりにくい物かもしれないと。いや「かも」じゃないよね。
 例えば分かり易い所ではお絵描き周りで「適性の無さ」と「やっぱつれぇわ」を連呼してはいますが、それは別に同情を誘いたいという話ではないんだよなと、以前に知人と話していて感じたところ(その場はややこしくせずにスルーしたけど)
 勿論、嘆きの壁を越えられない自分の先天的スキルポイントの無さに悶える感情は否定できないけれど、ただ同時に「全力は尽くせているのか」と問われた時にも決して頷くことは出来ない自分の努力の甘さも現実として確実にあって、その次元にいる内はまだ嘆くのは1000年早いとしか言いようがないですからね。
 まだまだ全然駄目だよね、ただでも弱音くらい吐きたいよね、の集大成としての「やっぱつれぇわ」ってのはやはり万能だと思いますホント(笑)。(注:ネタ元にはそこまでの意味はないんじゃないかと思います)

 少し脱線しましたが、
 そんな決して代役ではない新たなキャラクターとして組み上がった所に、加えて、亡き当人の人格をコピー再現したAIのAmadeusクリス(冒頭右)が、「先輩にとうとう彼氏が出来た!」とばかりに、若干のお節介と悪戯心も含みつつも何より本心から喜んでプッシュしようとする様が実に微笑ましく。これこそ全世界の独り身がAIに求めちゃう理想の関係性じゃあないですかという、実に俺得のITコンビの構図に、「あ、これもう(クリスはAmadeusのままで)比屋定さん新ヒロインでいいんじゃない?」と。

 とはいえやっぱり、シーズン半ばの一時帰国の際、Amadeusクリスが主人公を気遣って出た「いつか本心から笑える日が来ると良い」の一言は「ああやっぱこの人正規ヒロインですわー、敵わないわー」とは思いましたけどね。
 しかも「まぁ、やるよね」とばかりに、時間軸を正常化させるための行為としてのAI開発自体の抹消(過去改変)。前作は自身が死ぬ世界線を選ぶことで皆と過ごした日々は完全に消え去って、今回もまたAIとして活動した事実そのものが消え去って。どんだけβ世界線で「記憶」としての存在を否定されてるのこの人っていう。(毎回)22話で存在が消える非業のヒロインとか言われてなかろうか。しかし一番美味しい所を持って行く重鎮ヒロイン。

 ただですね(まだあるのか)、
 実のところ今回シーズン2のヒロインはマユリでしたよね。
 強いて言えば前作のα世界線のヒロインがクリスで、今回β世界線のヒロインはマユリ。

 マユリはぶっちゃけてしまうと前作では、おっとりぽわぽわ系の被保護者の立ち位置はキャラクターというよりもマスコット的な印象が正直強かったように思う。
 皆で楽しいアキバ青春が送れればそれでいいくらいの夢見ポジションのまま、最後の最後で突如ビンタをかました時は「あれこんなキャラだったのか」という、まぁ芯は強い子だったのだろうと捉える感じの、言ってしまえば大団円を迎える前に最後の役職を与えられた程度の意味しか感じていなかった所はあった。
 そして今回のエクステンド続編化に伴って、よりにもよって「(その優しさが)主人公の最後の心を折ってしまう」というまさかの戦犯への改変。どっちもどっちで、良いのかコレ?というのが今回の続編の出来を懸念していた一つの理由でもあったかもしれない。

 でも実際はだからこそ、その悪意の無い甘えが生んでしまった結果への後悔も踏まえ、そして「幼馴染みの兄は、あくまで良い『お兄さん』だった」という悲しい乙女心も織り交ぜつつ、ただの何も知らない無垢の被保護者の立ち位置から脱して、きちんと自身の思いを込めた自主的な行動としてのビンタだった(主人公の激励としてのねw、勘違いなきよう)のだという、そこに至る流れを丹念に描いたのが今作だった。前作ストーリーの補完であることは勿論、何よりキャラクターとしての大きな補完が行われたのが今回のシーズン2だったのだと。
 しかもラストは主人公お迎えエンドとか、完璧にヒロインじゃないですか、マユリさん。
(なんか上手く書けなくて比屋定さんパートよりも短くまとめちゃったけど、実際は軽く見返すつもりで流した16話辺りのエピソードで相当グッときてそこからつい見続けてしまって「ンモー(予定が)」ってなくらい大好物ではありましたので。すっかり前作と印象違えたのはホントなんですよと。)

 ただまぁちょっとだけ思ったのは、世界線って一つに書き換わるんでしたよね。
 本作は多世界解釈ではない。前回微妙に混乱させられた部分。
 だから全ては一本に収束する世界線の為の行動であって、犠牲になろうが何だろうがそれは全て無かったことになって真の幸せに至るのがこの作品だったのでは、と。つまり何で改変で消える筈の世界線でのお迎えとかやってるのかな?と。エピローグとしては絶好の演出シーンなんですけども、はてと。
 まぁこの辺、変えた未来との関係云々等と考えると実に面倒くさいのがタイムパラドックスって奴でございまして。そこはこれ、
 「タイムパラドックスを解消する方法は一つ、『考えないこと』」
 ああやっぱジェインウェイ艦長最強ですわ。(一応:スタートレックVGR)

 ってところで見事にオチを付けたつもりになりまして、この辺りで幕締め。
 長々と恥ずかしげもなく感情移入晒す歳かよ、って感じですよね。
 まぁ実はあれから結局、さしてSFも、洋ドラすらも最近はご無沙汰になってしまっている自分には、丁度良い塩梅の作品だったねということで。

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