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ILI2019

 この追い込みのタイミングでランダムBGMにアイリ全曲集が流れてきたり、デーモン閣下が「魂を失ったアンドロイド」とか言ってきたり。(まず魂の定義からにはなっちゃいそうだけど)仮にもヒトのエミュレーションを目標とするアイリちゃんならムッとしそうというか失礼極まりない比喩表現だよね、と以前から思っていたので良い機会になったなと(笑)。
 まぁ個人的ロボ子需要としては、「心を遊ばせるのに何も人のやり方である必要は無い」(ココネ:ヨコハマ買い出し紀行)の路線の方が好きではあるんですけども。(これもランダムでサントラが流れてきた。なかなかな偶然具合。)

 そんな訳で恒例の、アイリちゃん稼働記念日。
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 いわゆるところのROZAシリーズ。
 零式アイリ(無印)にプロトタイプアイリ(ZERO版)に、スマホゲーの壱式ユウリさん参考wiki(弐式もいるらしいけど正直ピンとは来なかったのでご勘弁)
 無印アイリはTシャツばかりでは流石に飽きるので玲香さん服をご拝借。プロトの方は何となくでツインテに。本当はポニテ派なんですけども、三者のバランスの都合上。ポニテ+玲香さん服は俺が求めていた物だと判明してしまっているのでいずれちゃんとやりたい。

 スマホ版はやったことないので分からないけど、壱式ユウリさんは割と原作リスペクトのデザインしてて良かったんじゃないかと思うのですよ。それこそ五号店の追加キャラの先出しだったんじゃないかと勝手に期待する程度には(笑)
 今年はドリクラ10周年らしいですし、このプロトタイプとアイリとユウリでロボプラスとか出てくれないものですかね。CVはいっそ全部児玉ちゃんでいいんじゃないかな(ぉ)。(いやもう誰かテキスト書いてくれないかなーとかたまに思う)

 それにしても10周年って、この人いつまでアイリ描いてるんだろうね、って感じにどんどんなってくるんでしょうけども。そもそも描き始めたのが&せめてお出し出来るようになってきたのが最近なものでして。折角生き残ってる絵描きがこんなのですんませんとか思いながら。くそぅ(笑)。

 まぁまだまだこんなですけども、これでも始めた頃に比べれば遠くまで来たもんだなと。(まだまだスタート地点見えてないですけどね(えぇ))
 ぶっちゃけ(当時)「ヒマだから始めた」のが始まりなんだけれど、これをやってなかったら果たして今何をやってたんだろうなぁとか平行宇宙(世界線)を覗いてみたくなるところ。

無間に無限

 うん、やっぱりやばいですね、今月は。
 友人からは「終わったら呑もう」とナチュラルに死亡フラグが飛んできたものの、「終わるという概念が崩壊しつつある」などと返す程度には。何だこれ。
 丁度去年もこの時期似たようなことにはなっていたけれど、今年はその比較にならないほどヤバい、とは前から思っていてそれを早めにこぼそうとしていたけれど、結局月末ノルマねじ込みコースになってしまうこの体たらく。
 仕事の方はさておいても私事の方は、まぁギリギリ体裁を保つ所には来れたかなぁ、という所でようやっと。

 そんな状況で、今月頭の話ではあるんですが、よりによってこのタイミングで部屋の片付けを(多少)やっておりました。
 元々うちの部屋は、「片付いてるけど掃除はしてない」という友人から見ればクエスチョンマーク案件で、いやこれは物品の整理はついてるけど埃掃除を全然してないからという意味合いなんですが。ただ近年はそう言い切るのも正直はばかられてしまうかなと思う程度には、流石にちょっと年々部屋の隅に積み上げた箱の整理が追い着かなくなってきてしまっておりまして。

 そういう所に、うちの親が何故か「家に来る」と言い出すもので(孫が就学したお陰でヒマになったんでしょうね、かっこわらい)。「よりによって今はやめて」と、「掃除も片付けもしないからね?」とは言いつつも、『そうは言うがな』とばかりに、ちょっとまぁ流石に最低限はやった訳ですよ、ええ。まあこういうのはケツを叩く良い切っ掛けにはなるもので。よりにもよってのタイミングだけれども。お陰でもうただでさえ少ないバイタルゲージがみるみる削られていくという。如何せん、これをやるためにはあれで、あれをやるためにはそれで、それをやるためにはどれで、みたいな無限連鎖。
 そういう所から始まったのが「押し入れの整理」。そしたらまぁ出てくる出てくる。分かっちゃいたけれども、過去に適当に放り込んだまま埋もれてしまった物やら何やら。TF高額商品の走りのバイナルテックとか、うちのこの辺のタグの走りとなったであろう武装神姫とか。後はもう完全にデッドストックと化してる過去のCDやらゲームやら。
 こういうのをきちんと取り出せる形にして思い至るのが、「やっぱもうこれちょっと処分していかないと厳しいかな」という現実。ぶっちゃけもうそろそろいいかなというか。長年経つと物品として残しておく未練もどんどん薄れていくのは実感してしまうところ。特にゲーム面は、過去に実家で処分できずに蓋を閉じて逃げてきたFC時代の思い出の山も今なら思い切って処分出来てしまうのではと思う程度には。(うん完全に疲れてますね)
 そもそもの話、いわゆるトイフィギュアの類は元々自分は別にそこまで現物主義に拘るところは全くなくて。ぶっちゃけ電子技術が追い着かないから物理で買ってるというだけというか、それこそようやく電子化が進んだ書籍のように、いずれ立体造形物についても高精細ポリゴンを立体視で鑑賞できる時代になればそれでいいかなと思っている方なので。まぁまだ当分先だとは思うからこそ今の商品を買い続けてきた訳ですが、流石に溜まりすぎて(といってもこの界隈では少ない方)辛くなってきたところ。そろそろ、未練も薄れたところから手放していかないと厳しいかなと。
 そりゃ四次元ポケットやホイポイカプセルでもあれば無尽蔵に溜め込むことはやぶさかではありませんが、生まれてくるのが早かったのでしょうがない、などとすっとぼけつつ。

 まぁ今回はそこまで時間も取れなかったので、取り敢えず最低限の段取りを付けた所で止めてまた次回という感じですが。手が空いたら今度こそやらないと、またこのままでは先に進めない状況が延々ループしてしまうというところでのリマインダーみたいなものとして。

 尚、(そういう訳の分からないものがいっぱい棚に飾ってあるのは知られているので別に今更どういうものでもないんですが)、うちの親が帰りがけに「お土産に一体ちょうだい」と言い出してきたのがよりにもよってコンバットさんでした、というオチ。
 確かに何となく買った二線級のfigmaとかをあげてもいいかなとは思っていたけれど、よりにもよってうちの一線級を指名とは。こっちにもあるけどどうなのと他のバリエを見せたら「じゃあこっち」と超合金コンバットさん、「いやそれもっと駄目」。
 まぁ多分可愛らしいデフォルメ系に日本人らしい黒髪おかっぱってな所なんだろうけども。以前にも「どれがいい?」と興味本位で聞いてみたところで指されたのがミニチュアデフォルメのイカ娘だかダヨーさん(≠ミクさん)だった気が。オリジナル頭身の方は「イヤ」って言われました(笑)。

シド・ミード展

 さてはて、すっかり燃料不足だなぁというのが正直なところ。そもそも直近記事を振り返ったらバグったメンタルゲージも放置されたままだったという、つい最近の話なのに仕事と体調不良の繰り返しで記憶の消し飛ぶ昨今に思い至りまして。
 書こうと思ったまま当日寝入ってしまってからそのまま時も経ってしまいそうだった物を、記憶アンカーの意味でも一度打ち込んでおこうかなと。

 という訳で先週の話なんですが、シド・ミード展行って参りました。
 最終日に話すんじゃないよ!という感じだったけど、幸い好評につき期間延長となったようで何より。おめでとうございます。
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 LDに時代を感じる、というかLDシングルなんてあったのかと。
 いや自分、こういう美術展では写真を撮らない派(見回るのに専念する)なもので。何となく撮ったこの一枚くらいしかありませんでしたが。個人的にはこのVillage Machineとか好き。(一緒に行った友人も丁度同じのに反応してたけど決して真似た訳じゃないよという(笑))
 絵が欲しければネットか図録で見返せばいいよくらいに思っていたら案の定の売り切れで、「商機逃してるよね」とは言ってましたけど、いやまぁ運営側も予想外の反響だったんじゃないですかね、とも。
 小学校を改修したような場所で、精々が1,2フロアの小さい個展かなくらいに思っていたら意外にがっつり普通の美術展クラスだったし、皆同じような軽いノリで来てたのか、入場待ちの列が階段から屋上まで伸びててびっくり。(まぁその分きちんと入場人数の管理をしてくれていたから快適に見て回れたと思う。)
 シド・ミードは、我々一般的な日本人に取ってはブレードランナーやトロンにターンAガンダムといったくらいの認識しかないと思いますが、「まだこんな集客力あるの?」とは友人の談。まぁ強いて言うならガンダムファンの母数の多さなのだろうか。冨野なんて今はもう(一般には)やっかまれてる存在だろうに、「でも俺は好き」くらいのものだったんですが。しかしこの前も当時のネタ漫画に「ターンAは面白いものな」って台詞があったのを思い出された次第。

 そんな訳で、往年のSFデザインを懐かしむくらいのつもりで行った訳でしたが、認識してた以上にあれもこれもと往年の作品に片っ端から関わっていて、その影響力も計り知れず。
 だから「シタデル(Mass Effect)じゃねーか」とか「EVE Onlineの船じゃねーか」とか、この辺りは後追い側のファンアート的デザインなのだけれども、あまりにもそのまんま過ぎて逆に噴くというか。それだけSFの近未来デザインというのを確立させた存在だったのだなというのを実感させられたりもした。
 ただ逆に言えば、20世紀中頃に流行ったハイテクを思わせる流線型ラインから、綺麗な面一の構造物というデザインがあまりにも一般化・凡庸化されすぎてしまっている、というのも改めて感じてしまう所でもあり。
 端的に言えば「この頃からSFデザインって全く変わってないよね」、というのはデザイナー側、クリエイター側としても思う所はあるんじゃなかろうか。ってのが冨野の賛否入り交じるシド・ミード評にも現れているんじゃないかなとは改めて思ったところ。

 ターンAの仕事については、上手くやり取り出来なかったんだろうなとは当時から感じていた所だけれど、(自分「MEAD GUNDAM」は買ったまま畏れ多くて読まずに積んでしまってますが、今から読んでるとまた終わらないので敢えて読まないまま、以下憶測だけで勝手に書いてますが)
 SF界の重鎮として21世紀の新しいガンダムデザインを考えて下さいくらいのノリで出したら、シドお爺ちゃん的にはノリノリで構造的なメカニカルデザインから始めちゃって、どちらかというと当時のシド・ミード画風そのままで二足歩行ロボットをデザインする方にこそ注力してしまったんじゃないかなと。そりゃまぁサンライズも困惑するだろうっていう。完全に彼等の文法から外れまくる物をお出しされてしまった訳で。でもだったらお爺ちゃんに何求めようとしたの、とは思いますけどね。
 とはいえ勿論お爺ちゃんもきちんと従来のガンダムの絵は解析した上で、日本特有のケレン味なんかは「何だろうこれ」と消化仕切れないまま苦悩した結果がターンAの髭であり、ターンXのよく分からない触覚だったのだろうなと(個人的には唯一残念な点)

 だからターンAでの仕事は、やっぱり最初のスモーこそがミードガンダムであって、ターンAは日本側の要求を消化仕切れないままの難産だったとはいつ見ても思うけれど、でも格好悪いのはぶっちゃけ顔とトリコロールの所為だし、そういう経緯を経て最終的にミード的な構造デザインと彼なりのケレン味を消化させた最終形がターンXだよな、とは改めて見ても思わされる所。
 日本のロボット・メカデザインの文法には全くそぐわなかったけどやっぱ無茶苦茶格好良いよアレは、と。

 まぁ繰り返すと、20世紀当時からシド・ミードの作風、ひいてはSFデザインはすっかり固まっているとも思わされたけど、とはいえその先はもうシドお爺ちゃんの仕事というよりも後続の仕事の問題だとは思うし。
 ただ近未来的デザインなんて、整然としてるか煩雑としてるかの二択にはなっちゃうのだろうか。特に背景というところでは情報密度が物を言う世界でもあり、その労力が(諸々の理由から)伴わない結果が「つまらない殺風景なSF絵」になっちゃうのだろうとも感じさせられた所。まぁ難しいと思いますよ、本当、とだけ。

 何か全然まとまらなかったかも。いつもみたいには、流石に畏れ多くてミード絵模写は迂闊にしませんでしたよ(笑)。まぁいずれたぶん。ってかあの立体構造把握力を見せ付けられると割と凹みますので、、(そりゃまぁ長年のプロですし)
 ともあれ、図版の方は再販するという話なので後で手に入れたい、というところでのリマインダーとして。

令和

 さてと、平成の終わりと令和の始まりにアイリちゃんを描く。
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(元は色分けしながら描いてた奴を適当に黒化)

 危うく初っ端から「やっぱつ令和」になる所だった、、。
 相変わらず顔がさっぱり安定していないというか、そもそもまず顔が一番下手という事実といい加減向き合っていかないといけなくて(ってのは本当はもう何度目か分かりませんが)。いつもはどちらかというと全身のバランスを取る方向に労力を吸われてしまうところ、敢えて胸像レベルに留めてみた企画。そしたらまぁ最初に描いた左のはなんかおっ○いマウスパッドみたいに見えてしまってその辺りで線を止めてしまったことは内緒にさせて頂きたい(笑)。

 うん、今年10連休になってるというのを直前に知った余裕で動きました。カレンダーしか見てなかった、、。

実写バンブルビー

 さてと、腰を動かそうと思う度に面倒な話が吹き出してばかりで前置きとしての処理もままならない昨今は、前回でまるっと空元気玉への位相変換に処しまして。

 まあね、個人的に面白くもないニュースばかりで困るよね、ってな時こそこういうニュースの出番ですよ。
 ガンダムとかコンボイとか言われてるけど、これはどう見てもウルトラマグナス、って初見思いました。だって、チャットアプリのプレビューがこの通りだったんですもん。 胸から下だけ見たらどう見てもこれはウルトラマグナスでしょう(笑)。
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 まぁ実際は全身像で比較するとガンダムのエクシアでまず正解って物らしい(自分は本編見たことはない)ですが。それでもコンボイ(TF)の名を取り上げたニュース記事は支持したい(笑)。

 という訳ですっかり日が経ちすぎてもう劇場公開も終わってそう(苦笑)ですが、トランスフォーマー実写映画「バンブルビー」のお話ですよ。

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 けーぜろさん途中で飽きたの図、ではなくて元々顔だけにする予定ではあったので。この辺りで切り上げ。
 まぁお疲れ様でした。タダノモシャー(それも何故か左右反転してた)
 正直に言うとバンブルというよりも実写ビーはそこまで描こうという気概も湧かなかったというか、ぶっちゃけビーは腐方面の人気以外は特に聞いたことないし(汗)、参考資料を探している内に「ブリッツウィングかっけえ」とか浮気しまくってたくらいで(でも変形しないTFは云々、アクションマスター全否定云々(ぉ))。とはいえ描いてみると何でも勉強になるお年頃。
 線画のオーラの無さに絶望して、色で塗ってみたら益々絶望して。それでも何とか絶望の溝は乗り越えるラインの算段が付くまで時間が掛かりましたの図、ということでご勘弁を。

 で、えっと、「何だっけ」(オイコラ)。
 いや正直に言えば何を書こうか迷ってしまう所はあるかなという。(個人的なテンションの低迷も影響としては勿論あったので、筆を執るタイミングを図ろうとしたのはありますが)
 良かったんだけど、物凄く良かったとは流石に思ってなくて、何というかこれは、「(ようやく)正常化された映画作品」などと当初書き残したもの。
 これが一作目だったら絶賛するレベルだけれど、長く続けた後なのでやっぱり今まで見てきたものの延長、それが是正された物というラインの話から抜け出せない所はどうしてもある。

 あ、いや、そうは言ってもですね。
 過去作(特に直前の5)が何だったのかというレベルで、TFが敵も味方も変形しまくって、ディセップ連中も当たり前のように台詞満載でキャラクターとして機能してて、でもってセイバートロン星(サイバトロン星)のG1オマージュでファンサービスに全力投球してて。
 1映画としては十分に良く出来た作品なんですよ。これぞ正解
 それだけに、「これが一作目だったら」とか「せめてこれが4の代わりにリブートとして企画できていたら」と。少なくとも7年遅かった。(一応区切りの良いTF実写3が2011年として)

 強いて言えば今作の難点としては、登場キャラもストーリーも戦闘のスケールもこぢんまりとしていて映画映えはしない点。尖った所はない、良くも悪くも優等生といった作り。ネット上の反応を見ててもやっぱり「最高とは言えないが全然良い」、そういう感じに。
 しかしそれを更にどうすれば良かったか、そもそも何故こうなっているかという点を言えば、全て企画上の名目、「前日譚」「前作からの縛り」がマイナス方向に作用した話ばかりになってしまう。非常につらい。

 だからですね、本当、見終わった後の率直な感想は、
 「これでいいんだよ、これで次回作はよ」「リブートはよ」
 ほんとこの心境。
 あくまで企画の範囲内では全力投球した、それだけに逆に勿体ないお化けの湧く作品。

 まぁ正確には「これ余裕で前作(本編シリーズ)の設定ぶち切ってるよね?」って所も一杯あるんですけれども。でもまだ「何とか解釈の余地はある(のかもしれない)」という、ふわっとしたレベルで本編とのリンクを保ちつつも好き勝手にはやってみたという塩梅。どちらかというと出来る範囲での抵抗といったところかなと思う。
 でもだから、メガトロンは出てこないし、どう見てもスタースクリームにしか見えない奴がブリッツウィングを名乗ってる癖にトリプルチェンジもしないし、肝心の主役のバンブルビーは喋らない
 この最後の点が本当にマイナス。
 TF新規層にはこれでも十分E.T.みたいな映画として受け取れているとは思うけれど、それだけに「どっかで見た」作品にしかならないし、TFのキャラクター本来の魅力を構築していく所まで辿り着けていない。今回シャッター姐さんという新キャラで、実にディセプティコンらしい狡猾残忍なキャラクターも披露してくれたのに、肝心の主役側でそれが十分に出来ていないという。
 はっきり言ってしまうと今のビーの(国内)人気は精々が「可愛いロボットペット」の扱いなんだよね、だからこその腐人気。そうじゃない。
 いや、バンブルが元来親しみやすいマスコットキャラ的ポジションであったことは確かだけれど、あくまでコンボイ司令の父親ポジションに対して一人称オイラの子供ポジションに居たというだけの話。
 だから勿論、ハズブロ公式はバンブルビーをオプティマスに続く第二の看板キャラとして確立させていきたい狙いはあって、この前のCGアニメTFアドベンチャーでは、オプティマスをメインから外してビーのニューリーダーとしての成長を描く話を始めたりもしている。(ロディマス、、、は今は言わないでおこう(笑))
 この流れを未だに大多数向けの映画作品で全く果たせていないというのは、本当に大きなマイナス。

 何だか未だに「5の続きも模索はしている?」とか、「(この中途半端に本編との違いも出ている)今作をリブート扱いにする?」とか、そんな話は全部うっちゃって、きちんと最初から練り直して欲しいと改めて思う。
 思うんですけどね、、やっぱり4からの失敗が尾を引きすぎて、興行成績はイマイチという話。残念無念。
 でもだからこそ過去のしがらみはきっぱり切り捨てて、もう一度きちんとリスタートしてくれると嬉しいなぁと。
 一作目が出てきた当時とは違って、あれからマーベル等ですっかりコミックキャラクター映画路線も世に定着してきているので、TFもその枠にきちんと収めて貰えるとめっちゃ物凄く嬉しい。
 どうだろう、どうですかね。

浄化スプレー

#世の中にはそんな商品もあるようで(えぇ)>タイトル

 こんばんは(朝だよ)。
 何と言うか、やることはあるんだけどもとてもそんな気分になれなくなっているというか。気分が地の底、深海の奥底に沈みすぎて、地殻を突き破ってマントルに焼き焦がされながら地核の超高圧に押し潰されてしまいそうな。最早メンタルゲージがバグバグで機能しておりません。

 まぁ遅かれ早かれこうなることは分かっていたと言えばそうですが、自爆というか自縄自縛というか自家中毒というか。
 ○○しすぎだとは言いますが、

「その癖を止められればいいのだろうけどね」
「改名でもしない限り無理なんじゃないかな?w」

 名前ネタって割と好きなんですよね。一度は言ってみたかった。
 ただこのご時世、迂闊に個を晒すと特定されて万が一の際に面倒なので自重せざるを得ず。まぁだから推測と憶測の闇に紛れた表現に留め置く訳ですが。どうせきっとその内、AI様の高高度解析技術の前にはこんな抵抗は無意味となるってなものでしょう。

 そんな訳で「名は体を表す」の典型例だとか、親にも「変な名前つけてごめんね」とか言われてますが。
 いやお前等、人の名前を呪いみたいに言うんじゃねえよ、と(笑)。
 俺ぶっちゃけ大好きだもん、この名前。
 もうちょっと生まれるタイミングが違ったら、ハンドルネームにもじって使うなり、迂闊にtwitterとかで晒しちゃっていたであろうくらいには(ぉ)。

 自分、「言霊」ってのは満更でもないと思ってるんですよ。宿命にして天命。
 いや運命論とかは流石にちょっとなと思う人ですけど(どっちだ)。
 まぁこういうのは訓戒の一種として心に留めておくというものでしょう。

 うん、何か適当な事を書き並べている内に、少しは空元気玉が打てるようにはなってきたんじゃないかなと思います。
 とか何とか言いながら、3秒後には我に返る性格なんですけどね。(そういうとこだぞ!、っていう)

95.3%

 アカン、時が経つ程に状況が訳ワカメで手に負えなくなってきてしまう、ので書き溜めていたものを流します。

 いやぁ、このモニョる気持ちは解消しておこうかなというか。
 正直に言うと、自分の中のUltima八徳の理念が崩壊していくと申しましょうか。
 こうも「ヒトの愚」というものばかりを見せ付けられるとね、、、。

 前回最後と言ってましたが「けもフレ2」、正直ちょっと外野視点で書きすぎたかなというのは気にしてまして。それは「こちらはこちらの話をする」為に必要以上に触れなかったという面がまずある訳ですが。ただそれと同時に実のところはこの話題、「『正常性バイアス』という言葉との戦い」という非常に難しい話になってくるんですよね。

 ただでさえこの手の作品評価というのは「受け手の取り方次第」というマジックワードに踊らされがちな話題。そこに被さるファン心理、そして集団心理。
 実際それらを排除してなるべくプレーンに捉えようと試みればこそ、「(1期否定という)その気は無かったのかもしれないが、ことごとく描写・演出がズレるあまりに誤解を受けたのではないか」、とはなってしまう。
 でも実は個人的には、この「解釈次第」という考え方自体を小狡くも利用されるケースが有り得るし、それが今回だとすら正直思っているところ。ええはい、私も95.3%の一人ですね。

 先の「その気はなかった」という解釈と同程度に、今度は逆に「適当にキャラ萌えを並べてお涙頂戴で演出しておけば、後はオタクが良きに解釈してくれる」という、無粋な勘ぐりすら容易に可能。(論拠としてそれだけの無粋な脚本の羅列が存在する訳で)
 むしろそれで本来は多数のキャラ萌えファンに絶賛されつつ「1期否定?何のことかな?穿った見方しすぎじゃないですか?」という路線に持って行く筈が、脚本の致命的な不出来によって打算が天然に押し流され、世にも奇妙な珍作品として世を困惑させることとなった、というのが実情だったのではないか(?)とすら。
 勿論全ては「勘繰り」ですが、こういう勘繰りが容易に発生しうるような出来映えだったとは自分も思っているのですよ。ただこれを下手に発言すると客観性という言葉の波に飲み込まれてしまうというだけで。
 そりゃだってプロだもの、普通は有り得ないと思いますもの。なのに、有り得ないレベルのお粗末な結果しか出てきてないんですもの、、、。

 自分も長年生きていれば「残念な続編」、その出来映えが物議を醸した例など幾らでも見て来たけれど、今回はそんなレベルはとうに超えていると言っていい。
 元々この作品には「1期イメージを払拭して2期イメージに切り替える」というテーマがあった事は確実で(最終話の描写)、それ自体に危ういリスクが満載だというのにそれを避ける努力を一切することなく(むしろ作り手のエゴでしかないそれを)安易にお出ししたのも事実。それを持ってして「受け手次第」とするのはあまりにも作り手だけに都合の良い、逆に卑怯な考え方ですらないかと。

 だからこの場合、よくある炎上問題のように「受け手の解釈」というだけではなくて、「そのような解釈を生む物をわざわざ出した」という点まで含めて捉えるべき話題ではないかと。
 これは一般に喩えるなら、「トイレでカレーを食べる」シーンをゴールデンタイムに流して、「そのような意図は御座いませんでした」という言い訳で済まされるのか、そういう次元の話題だと。
 ここは、自分なんかより遥かに外野(騒動を聞きつけ、平成史に残るクソアニメ事件の見物目的で見た層)の友人と話して、この温度差というのを改めて感じてしまった次第。
 それ故に、少々他人事としての書き方に徹してしまった(冒頭の通り)点、少し反省もしてしまった所。まぁ本当、下手に触れるのは難しいのですよコレ。

 などと書こうとしてたのが先週くらいからの話なんですけども、
 そうこうしている内に現実の方が「事実は小説より奇なり」の展開になってきているようで(大汗)、いやもうこれ触らない方がいいんですよねホント、、。
 自分はただ「外野が半端に首を突っ込む野暮さ」に荷担してないかという申し訳なさあっての弁明文を展開する筈だったんですけども。
 しかしもうそれどころではない、ホントあの馬鹿共何やってんの、ってな感じの展開のご様子です。まぁその内まとめサイトとかにどんどん出て行くと思うのでそれはそれで。(火消し業者が縦読みで愚痴を流した(?)説とか、なんかもうスゴい)

 そんな悪意だの何だのに晒されている時分に見掛けたのが、この動画、
ランボー 怒りのけもフレ2
(元ネタを知っていれば分かりますが後半が本番)
 「みんな誰が悪いしか言わなくなった」のところで、我に返らされる気分ではありましたよ。

 自分も当初、「祭の強制解散」といった話を書いていたのを思い出しまして。
 ここはアニメじゃなくても自分の好きな領分に当てはめて考えてみれば、あまり無下に出来る話題とも言えないんじゃないかなと。それこそ自分なんかは「つい隣家で火事が起きた」ようなものなので、いつ自分に降りかかってくるかも分からない話題ですからね、、。

お疲れ様2019

 恒例の、
 天海春香さん、おめでとうございます。
 けーぜろさん、お疲れ様でした。

※TF映画(バンブルビー)はまた後日触れます。(忘れてないよ!、ということで)

 さて、一応最後に触れておきますが「けもフレ2」、自分としては先日の評そのまま、
 ・やろうとしたことができてない
 ・その結果物がどう他人に見えるのか客観視できない
それだけの「致命的な実力不足」であったと。

 まぁ商業作品としてはそれを(ましてや人気作品の続編として)お出ししてしまう所に責任の追及は免れない訳ですが、そこは世間様の動向を見守るとして、こちらはこちらの話をしよう。

 前回にも触れたけど、更にオブラートに包み忘れた表現をすると、言ってしまえばこういう「無能」の所行を目の当たりにさせられてしまう事は、同じく至らない力量の人間の立場からすれば、とんだ「全国全世界の無能に絶望を振りまいた」お話だったんじゃないでしょうかと、ええ(ぉ)。

 キャプ翼の松山も「才能が無い奴は努力するしかない」とか言ってくれてますけれど、
 だがな松山、それは正確には「その努力で伸び得る『芽』こそが才能」なんだよと(ぉ)。

 などと無能に絶望を叩き付けることでアンダーフロー効果でも狙っているんでしょうか、とすっとぼけつつ、
 期待値をミニマムまで下げきった所で、

 平成の終わりに平成生まれのピヨちゃんを描く。
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 ということでピヨちゃんこと音無小鳥さん。
 いつの間にか無事に平成生まれになっていたようです、おめでとうございます。

 まぁ自分アイマスはアニメくらいのものなので(ゼノグラシア含む)、最近の事はよく分かってないんですが、小鳥さんの漫画だけは買ってみました。2巻いつ出るの(笑)。

 尚、今回は割とあっさり目の方針で。
 線の描き方とか見直そうとはしてたんですけどね。
 気付いたら結局また従来通りにという結果にはなってしまいましたが、、。

 正直に言えば今回時間もきちんと取れずで。(謎アニメとか騒動追ったりしてる間にやれば良かったんじゃないかな?)っていうか、状況的な物も含めてあまりしっかり構える余裕も無いところはあって。それは前回切り上げてしまった話が正にそうなんですが。
 そういう所で思ったのは、やっぱりテンションを維持するに当たっては、自分で描いてて「ピヨちゃんkawaii!」とか「アイリちゃんkawaii!!」というせめてもの自己暗示は重要ですよね、というお話。
 前回イチゴちゃんは可愛いもカッコいいも半端では、それは描き直しもやむを得ないかなっていう。駄女神様に至ってはどつき回したくなる小憎たらしい顔なんていうのは、それこそ可愛さという基本フェーズよりも更に先の、次の試練フェーズにこそご期待下さいという感じなんでしょうか。

 そんな訳で、
 いよいよ本厄突入ですが、めげずに頑張ります。

巨大ロボ子

 近所の野良猫が騒いでいる、、、。ネコ姉さん、最期まで良い姉さんでしたねぇ。
 日曜朝から大量出血描写は大丈夫なのかと思う矢先にまさかのネコ娘死亡と来て流石にびっくらこきました。お化けは死なないとか言いながら魂ごと消えた妖怪は墓を作って弔われている、毎週堂々とOP詐欺を謳っている番組だけに。
 たぶん最終的には丸く収まるだろうけれども、シーズンの変わり目というタイミングだけにレギュラー交代等々不安視もされる状況。まぁ今日日そうそう下手を打つこともあるまい、とは思いますけどね。

 ええまぁ、思わぬ前フリの前フリになりましたが。
 これ以上死人に鞭打つのも悪いかなとは思いつつの「けもフレ2」9話、飼い犬(イエイヌ)という現代人に最も身近な話題を取り上げてのあの内容は、既に灰になった焦土からのまさかの再炎上。
 6話のかばんさんは一期問題も絡んでややこしい評価にはなっていたけれども、今回は、悪意の視覚化だとか、お涙頂戴の打算だとか、そんな高度な計算すら存在しない純粋な「実力不足」を目の当たりにさせられたと思いますよ。無論当初から分かっていた事だけれど、ここまでかと。

 ちょっと物悲しいシナリオを扱ってみたかった、しかしあまりにも実力が伴わなかった、何ですかねこの反射率100%の鏡を目の前に置かれているかのような気分は。

 などという盛大な自爆型前フリネタのオチを付ける前に、先にやることを済ませます。そのままオチは見なくて一向に構いませんよ(ぉ)。

 さて、先々月に続き先月予定していた前年度残件消化モードなんですが、
ROBOT魂 デルフィニウム
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 お前等どうせ投げ売りだとか虐めんなよっていう。(笑)

 ただでさえ負けヒロインの搭乗機という売れる筈の無いポジションなのに、しかもちょっと正直本編の方が後半微妙だったので。誰も買わなさそうだから保護しました。
 実際、変形要素まで備えた主役機に対して、スタンダード一般機の隊長機カスタムみたいな位置付けが精々なので、立場柄お情けで商品化されたようなものですよね。どう考えてもデザイン的にも値段的にも主役機の方が売れ線な訳ですが、そこは「だが断る」とばかりに。中の人(乗り手)補正が効きますよね、こういうキャラクター商品は。

 うん、はい。イチゴちゃん可愛かったですね(ぉ)。(っていうか主役コンビが全然、、)
 取り敢えずロボ子デザイン目当てで見るだけ見てみたら、(またこんなしょうもないSFアニメネタかよとは正直思いつつ)、最初っから完全に負けてる負けヒロインのNo.015ことイチゴちゃんがあまりにも不憫なので、ついつい見続けてしまいました。何でこんな昔ちょっと八方美人だっただけの主人公に惚れちゃったのこの娘っていう。まぁ若いからね、しょうがないよね。実際お子様ムーブもありますけど、だってお子様ですもの。
 そんな負けムーブにトドメが入ったのが13話くらい、まだ1クールもあるのに「もうやめて、この娘のHPは~」と思っていたらすぐに決着も付いて大団円の15話。その後は絵に描いたようなしょうもないSF設定消化パートに入ってしまい、「こういうSFアニメ()、みたいなのはもうやめようよ」と思っていた訳ですが。そもそも作り手も「途中までは予め考えていた内容だが、後半は見切り発車」って、要は元々あれが最終回だったんじゃねーかということで万事解決(ぉ)。
 いや、最低限言い訳しておこうと思いまして。別に作品を評価してる訳でも何でもないと。
 ただまぁ話の方向性がアレだっただけで、演出以下の各スタッフは頑張って仕事した内容だとは思いますけどね、とは一応フォロー。勿体なかったっすね、と。
 デザイン的には自分も本当ならジェニスタなんですけど、(乗り手もあれだし)まぁ出る訳もなかろうと。せめてものイチゴちゃん供養だったのでした。

 さて、盛大な前フリからの自爆タイム、
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 、、、と行くところだったんですが、すみません、ちょっと今回は(も)仕上げは諦めました。

 以下また言い訳並べてしまいますが、自分の中でのまとめというか。
 あまり大したビジョンもなく、「よくありそうな構図」をさらっとチャレンジする程度の思惑だったのですよ。「やってみたかった」、ってのがまずは前フリの巨大なブーメランですからねぇ、、。(まぁアマチュアとプロが同レベルで語られる時点でおかしな話ではあり)
 別に卑下する訳じゃないですが、実際問題「なんか、オーラが無いよね」というところで、これはいっそ描き直しコースかな?ってやってたのが昨年の比屋定さんですし(描き直してアレかとか言わない!、ということでリンクも貼らない(ぉ))
 今回ちょっとそこまで気張る気力も時間も潰えましたので。原作に倣って見切り発車、、どころか停車してしまったのか。
 いやでも実際、元々オマケのつもりで描き始めたデルフィニウムの方に「あ、ロボ子カッコ可愛い」と思い始めて主従逆転した時点で計画が狂っていたのかもしれません、ってな感じで。

 まぁスタンダードな構図ほど実力も出るというか、元々やればやるほど「成る程、分かっていないことは分かった」の繰り返しなので。こんなことよりもっと勉強せねばなぁ、と。ただ同時にチャレンジもせねばならず。
 最大の問題は、何処までその時間が割けているのかという点では全くぐうの音も出ない状況であること。昨今そのチャレンジのスパンを上げていこうという目論見も、結局いつもの四半期ノルマくらいが分相応だったという結果にはなりつつ、逆にその時期も押してきてちょっとピンチという(汗)。

No kemono

 さて、先月の続きと行きたい所だったのですが、生憎、別の意味での先月の続きで状況も芳しくないまま、気付いたら流石にちょっと時間も足りなくなってしまい、平日にこれ以上気張るのも厳しいので今月はお茶濁し回。
 まぁこんなもの書いてるヒマがあるならって話もなくはないですが。これはこれで、過去に触れてしまった以上はキリを付けると言いますか。

 いやぁ、最近何だか妙にドリクラアイリCDの”From Yokohama”が脳内再生を始めるんですよ。って全宇宙の小数点以下N桁%に通じるかも分からないネタで表現するなという話ですが、まぁ「疲れ目に流れて来たこの曲の物凄い破壊力」といったところで。
 もはや諦念の極致にある仕事(しかしやると決めたことはやる)の傍らに、また他人様の残念プロジェクト進行の惨状を見せ付けられもすれば、そりゃガッカリというよりもゲンナリの相乗効果ってな代物でしてね。

 ええはい、只今絶賛炎上中のけもフレ2のお話に御座います。いやもう炎上を通り越して灰になってますがな、、。
 いやぁ、まさかここまで悪手の悪手を行くコンテンツ製作が今時あろうとは。
 (喩えるなら)アイリでシリアスをやっちゃいけないことくらい俺でも分かるぞ!という。

 まぁ自分、けもフレは当時も書き残したように本編よりもその周辺のネタを楽しんでいただけの身分ですが。いっそ2は「プロの意地を見せて貰おうか」等という軽い茶々入れで見たら、それも容易に吹き飛ばす低予算番組っぷりを続けていた序盤の内はまだ良くて(しまじろうと言われてたけど「しまじろうを舐めるな」という)。件の5話で「いやこれ拙くないか?」と思ってからの6話の垂直降下というか、そんな言葉すら生温い垂直落下・墜落爆散ぶりには唖然というか無惨というか、、。
(流石にもう巻き返す芽は無いと判断して書いてますが、まぁ万一どんでん返しでもあればきちんと掌クルーするとは言っておきます。けどあれだけグダグダな低クオリティぶりを見ればそれも無いよねと。)

 そんなところでネット上でも「どうしてこうなった」の答え合わせが絶賛進行中と申しますか。それも「証拠はない、状況証拠だけ」という代物に過ぎませんが、それが余りにも揃いすぎていると自分も流石に「ちょっと考えが甘かったかなぁ」とは思わざるを得ず。(>要は「黒幕」論)
 「可視化された憎悪」なるワードが出回ってますが、まさか長年の経験者がここまで馬鹿な行動を取れるものかと思えばこその最大限の好意的解釈に努めたつもりだった訳で。それも今回、「憶測で悪く考えてはいけないが、憶測で良く考えてもいけない」ということを学んでしまったように思いますよ。
 あるいは信じる者がすくわれるのは足元だけって、お前等ホントに言葉が上手いな!って思いますけども(笑うしかない)。
 本当に個人の我が儘で(大多数が関わる)仕事を台無しにしてしまったのか。あるいは「いっそ手に入らないなら全てを焼き尽くす」という、何処かの漫画に乗せた台詞コラの説得力がありすぎてもうね。
 まぁ全ては憶測に過ぎませんけどね。

 憶測と言えば、「初代アプリから一期の時も、アプリのハッピーエンドが無かったことになって荒廃した世界が描かれていた」、二期も再び同じ事が起きているという論調も出回っている模様。もっともそれ自体は「最早意地にでも好意的に解釈し続ける盲信ファン」の言といったところなのでリンクを貼ったりは避けますが、まぁ確かに、コンセプトデザインの吉崎が好きそうな話でもあるのは確か。ちょっと切ない裏設定。
 ただそれでも彼はまだ過去には裏に忍ばせるくらいに留めていたし(実例として思い付くのはオトメディウスの「ゴーファーが見たうたかたの夢」というメモ書き)、それをメインに持ってきても誰得ですらないという一線は弁えていると思っていたのだけれどね。

 まぁ実際は誰が発端で誰の実力でこうなったかは憶測の域は出ない話だけれども、ただ少なくとも製作幹部陣はこれで行くと決めた訳だし、現在(不必要な迄に)ネットで言い訳をばらまいてるその連中は「これで行けると思い込んでいた」のでなければ出ない発言ばかりを残している事実はある。(あれももし「言わされている」のだとしたらとんだBIG BROTHER級の巨大権力だろう、みたいなレベル)

 そんな訳で、実のところは昔からこういう「悲しい続編」系の話を思い付く人間は割と居るというか。それも割と陳腐に収まりがちで、だから「同人みたいな設定」と揶揄されるのだけれども。
 しかし一時期それが割と流行ったというか安易に用いられた時代もあって、そういった残念な物語表現やら何やらに慣らされてしまっている層というのが居るのですよ、実際。まぁ我々くらいの世代のことなんですけどね(苦笑)。90年代くらいからのアニメ暗黒期と申しますか、あの辺りの言ってみれば前世紀の感性・価値基準。その水準で止まってる人間の例は幾つも見てきてしまったしうっ、頭が。前から言ってる20年という数字にふと「失われた20年」という言葉も過ぎりましたが、それはコンテンツ業界にも言えることなんだろうかなと。
 ただ実際は、そんな安直な悲劇展開はロクでもないという経験則が積み重ねられて今の時代になっているというのに、それを学習できずに今に至っている製作者も残念ながらまだ一杯いると。

 この辺は別にコンテンツ業界に限った話でも何でもなくて、ってのが実は最後の自分の中での本題になるんですけども、「己の今の価値観がナンボのものか」という危機感は常に持たないと駄目だよねと。
 自分も人のことは言えないけれども、自分以上に「今までの自己の経験を絶対と信じてしまう仕事ぶり」というのは、長年色々な仕事付き合いを積み重ねるほどどんどん身に染みてきてしまう話。分かり易く言えば「いつまでそんなやり方してるの」と言いますか。「(そんなやり方は)皆に駄目だと思われてるからこそ改善されようとしている」、そうやって積み上がって出来ていく「今」についてもきちんと目を向けて吸収していかないといけない訳で。

 とはいえもっとも、必ずしも過去を否定すりゃいいってものでもないのは言うまでもありませんが。過去があってその経験を踏まえて今に繋がっている、その課程を学んでより良いバランスを模索していく姿勢こそが重要ではないですかねと。(言ってみればそれが人の歴史というか)
 まぁ自分だって何処まで出来てるかはサッパリ分かりませんけども、ってなブーメランは覚悟しつつ、盲目的に過去にしがみつく連中も、安易に新しい物に飛び付くだけの連中も、どっちもどっちで殴りたい(でもって多分自分も殴られる)、そんな本音を抱えての普段の日常の中で、こんな「しょうもない個人判断レベルの失態」をまざまざと見せ付けられれば、苦言の一つや二つもこぼしたくなろうというもので。

 そんなこんなで、焦土の跡の残り火を眺めながら、今の自身の近況に重ね合わせて勝手にヒートアップしてお届けいたしましたが。
 ただその残り火がどんどん憐れな事にもなってきて。まぁ悪意を向ければ悪意を返されるのは自明であるのだけれど。それが仮に故意であれ無自覚であったにすれ、それが招いた結果とその原因に向き合うべきであって、まぁ実に反面教師な話ですよね、とは思わざるを得ないところ。

#とかまぁマジレスしまくりましたけど、くだんの件そのものはもう済んでしまった(過去形)以上は後は笑い話にしてますので。次は(次があるなら)頑張って下さいとしか。
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