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シド・ミード展

 さてはて、すっかり燃料不足だなぁというのが正直なところ。そもそも直近記事を振り返ったらバグったメンタルゲージも放置されたままだったという、つい最近の話なのに仕事と体調不良の繰り返しで記憶の消し飛ぶ昨今に思い至りまして。
 書こうと思ったまま当日寝入ってしまってからそのまま時も経ってしまいそうだった物を、記憶アンカーの意味でも一度打ち込んでおこうかなと。

 という訳で先週の話なんですが、シド・ミード展行って参りました。
 最終日に話すんじゃないよ!という感じだったけど、幸い好評につき期間延長となったようで何より。おめでとうございます。
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 LDに時代を感じる、というかLDシングルなんてあったのかと。
 いや自分、こういう美術展では写真を撮らない派(見回るのに専念する)なもので。何となく撮ったこの一枚くらいしかありませんでしたが。個人的にはこのVillage Machineとか好き。(一緒に行った友人も丁度同じのに反応してたけど決して真似た訳じゃないよという(笑))
 絵が欲しければネットか図録で見返せばいいよくらいに思っていたら案の定の売り切れで、「商機逃してるよね」とは言ってましたけど、いやまぁ運営側も予想外の反響だったんじゃないですかね、とも。
 小学校を改修したような場所で、精々が1,2フロアの小さい個展かなくらいに思っていたら意外にがっつり普通の美術展クラスだったし、皆同じような軽いノリで来てたのか、入場待ちの列が階段から屋上まで伸びててびっくり。(まぁその分きちんと入場人数の管理をしてくれていたから快適に見て回れたと思う。)
 シド・ミードは、我々一般的な日本人に取ってはブレードランナーやトロンにターンAガンダムといったくらいの認識しかないと思いますが、「まだこんな集客力あるの?」とは友人の談。まぁ強いて言うならガンダムファンの母数の多さなのだろうか。冨野なんて今はもう(一般には)やっかまれてる存在だろうに、「でも俺は好き」くらいのものだったんですが。しかしこの前も当時のネタ漫画に「ターンAは面白いものな」って台詞があったのを思い出された次第。

 そんな訳で、往年のSFデザインを懐かしむくらいのつもりで行った訳でしたが、認識してた以上にあれもこれもと往年の作品に片っ端から関わっていて、その影響力も計り知れず。
 だから「シタデル(Mass Effect)じゃねーか」とか「EVE Onlineの船じゃねーか」とか、この辺りは後追い側のファンアート的デザインなのだけれども、あまりにもそのまんま過ぎて逆に噴くというか。それだけSFの近未来デザインというのを確立させた存在だったのだなというのを実感させられたりもした。
 ただ逆に言えば、20世紀中頃に流行ったハイテクを思わせる流線型ラインから、綺麗な面一の構造物というデザインがあまりにも一般化・凡庸化されすぎてしまっている、というのも改めて感じてしまう所でもあり。
 端的に言えば「この頃からSFデザインって全く変わってないよね」、というのはデザイナー側、クリエイター側としても思う所はあるんじゃなかろうか。ってのが冨野の賛否入り交じるシド・ミード評にも現れているんじゃないかなとは改めて思ったところ。

 ターンAの仕事については、上手くやり取り出来なかったんだろうなとは当時から感じていた所だけれど、(自分「MEAD GUNDAM」は買ったまま畏れ多くて読まずに積んでしまってますが、今から読んでるとまた終わらないので敢えて読まないまま、以下憶測だけで勝手に書いてますが)
 SF界の重鎮として21世紀の新しいガンダムデザインを考えて下さいくらいのノリで出したら、シドお爺ちゃん的にはノリノリで構造的なメカニカルデザインから始めちゃって、どちらかというと当時のシド・ミード画風そのままで二足歩行ロボットをデザインする方にこそ注力してしまったんじゃないかなと。そりゃまぁサンライズも困惑するだろうっていう。完全に彼等の文法から外れまくる物をお出しされてしまった訳で。でもだったらお爺ちゃんに何求めようとしたの、とは思いますけどね。
 とはいえ勿論お爺ちゃんもきちんと従来のガンダムの絵は解析した上で、日本特有のケレン味なんかは「何だろうこれ」と消化仕切れないまま苦悩した結果がターンAの髭であり、ターンXのよく分からない触覚だったのだろうなと(個人的には唯一残念な点)

 だからターンAでの仕事は、やっぱり最初のスモーこそがミードガンダムであって、ターンAは日本側の要求を消化仕切れないままの難産だったとはいつ見ても思うけれど、でも格好悪いのはぶっちゃけ顔とトリコロールの所為だし、そういう経緯を経て最終的にミード的な構造デザインと彼なりのケレン味を消化させた最終形がターンXだよな、とは改めて見ても思わされる所。
 日本のロボット・メカデザインの文法には全くそぐわなかったけどやっぱ無茶苦茶格好良いよアレは、と。

 まぁ繰り返すと、20世紀当時からシド・ミードの作風、ひいてはSFデザインはすっかり固まっているとも思わされたけど、とはいえその先はもうシドお爺ちゃんの仕事というよりも後続の仕事の問題だとは思うし。
 ただ近未来的デザインなんて、整然としてるか煩雑としてるかの二択にはなっちゃうのだろうか。特に背景というところでは情報密度が物を言う世界でもあり、その労力が(諸々の理由から)伴わない結果が「つまらない殺風景なSF絵」になっちゃうのだろうとも感じさせられた所。まぁ難しいと思いますよ、本当、とだけ。

 何か全然まとまらなかったかも。いつもみたいには、流石に畏れ多くてミード絵模写は迂闊にしませんでしたよ(笑)。まぁいずれたぶん。ってかあの立体構造把握力を見せ付けられると割と凹みますので、、(そりゃまぁ長年のプロですし)
 ともあれ、図版の方は再販するという話なので後で手に入れたい、というところでのリマインダーとして。

令和

 さてと、平成の終わりと令和の始まりにアイリちゃんを描く。
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(元は色分けしながら描いてた奴を適当に黒化)

 危うく初っ端から「やっぱつ令和」になる所だった、、。
 相変わらず顔がさっぱり安定していないというか、そもそもまず顔が一番下手という事実といい加減向き合っていかないといけなくて(ってのは本当はもう何度目か分かりませんが)。いつもはどちらかというと全身のバランスを取る方向に労力を吸われてしまうところ、敢えて胸像レベルに留めてみた企画。そしたらまぁ最初に描いた左のはなんかおっ○いマウスパッドみたいに見えてしまってその辺りで線を止めてしまったことは内緒にさせて頂きたい(笑)。

 うん、今年10連休になってるというのを直前に知った余裕で動きました。カレンダーしか見てなかった、、。
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