モエディウス

 本屋をうろついてたらえらく懐かしい感じの絵柄が目に付いたので何事かと見てみたら、ゲーム誌のシューティング特集だった。
 ゲームデザインを語る上でシューティングの行き詰まり(というと失礼かもしれないけど端から見たらそう)は良い題材だとよく話していたので興味本位で見てみたのだけれど、まぁ何というか普通でした。歴史としてはこんなものだと思う。ただもっとこう、自分みたいにグラディウスしか満足にクリアした事のない人間ではなく、色々と見てきている人間のきちんとした語りを聞いてみたかった。
 合間にちょろっと「シューティングの学ばせ方」として「グラディウスのパターン構築」とかいう話は出ているので、解っている人は解っていると思いたいけど。あまりにも当たり前になりすぎて語るまでもない、習うより慣れろ、みたいな感じになってしまうのかもしれない。
 それとやはりパターン構築は彼等にとっては「通過点」でしか無いのだろうなぁ。正直なところ自分としてはグラディウスは力業に入る前のパターン構築の部分が一番面白いと思っているのだけれど。
 自分が1をクリア出来るようになって初めて感心したのは、避ける/避けられないの努力をする前に、まずその状況発生要因を見直すべきだという事。嫌な弾を撃ってくる敵が居たら真っ先に潰せばいいし、潰せないなら潰せないなりに無視(回避)できる方法を模索すればいい。この辺で、高速にがっつり動き回る上級者はともかく、たかだか1速2速でヌルく動くへたれプレイヤーの場合は機体性能の限界が先に来るので、個々の状況を見据えた攻略ルート作りというものに視点が行く。ココが本当に面白くて、別に好きこのんで死んでる訳じゃないけどヘボミスからのジリ貧プレイも楽しんでやってたんですよ。触手面で1個ごとにカプセルが出れば復活パターンとしても無難に楽しめる(オリジナルだと何も出ないので最悪0速でひたすら耐える羽目に)ところだったんであれは実に惜しい。

 ここまで書いた所で思い出したので付け足すと、トレジャー開発者のインタビュー。「当たり判定が小さいから初心者にだって優しいと思うんですよ」などという一言にはむしろ絶望すら感じる。1ドットを競うデザインが前提になったからこそ余計にシビアなんだろうと、こういう所をきちんと問いただせる人間が必要だと思うんだけどね。

 まぁそんな事をつらつらと思い出させて貰ったので、360版「オトメディウスG」を急遽開けてみましたよ。
 実のところ、操作が一番シビアな世界なのでパッド問題が解決するまで様子見してたんだけどね。スティックを買ってみようかと思ったら売っちゃいないし。

 でもってゲームの方は、まず最初に一言、
 「グラフィックデザインした奴は即刻クビ」

 これは文句言わなきゃ駄目でしょう。
 もう背景に敵や弾が溶け込む溶け込む。夕焼けをバックに黄色の弾・レーザーは意図的な気もしなくもないけど、総じて嫌がらせとしてはタチが悪すぎる。単に何も考えていないだけと解釈する方が早い。このスタッフにコンボイの謎の1ドット弾を笑う資格は無い、とかそんなレベル。
 かつてトレジャーもDC版番外王でどぎつい背景が邪魔の一言で、隠しオプションで「背景輝度半減」を使ってやっと見易くなるという失態を演じてくれましたが。最初から落としとけよと思わざるを得ない。あくまで演出である背景の為にプレイを犠牲にするなど、監督する人間は一体何処の何を見ているのだろう。

 気を取り直してゲーム本編の方ですが、うーん、何とも言い難い。
 ぶっちゃけNORMALレベルだとステージの魅力に乏しい気がする。武装を使い分けないといけない場面もそんなに多く見えないし。また1の話になるけど、火力集中のレーザーと、広角射撃のダブル、の使い所の分かり易さは本当に心地良かったと思う。下手に武装が充実しすぎると、デメリットに配慮するよりもメリットで全てカバーしてしまう観点でしか見られなくなるというパターンなのかなぁこれは。
 まぁかくいう自分もロックオプションで柔軟に攻撃フォーメーションを組むのが一番良いとか思っちゃってますが。やっぱりまずは敢えて主役で鍛錬しておくかな。

 因みにアーケードオリジナルモードと360のアレンジモード(ゴージャスモード)の2つがあるんだけど、その最大の違いは、ワイド画面対応とかステージ選択式とかバーストとかいう前にまず「オリジナルはデフォでシールド制」になっている点だと思う。シールド2回分固定でエクステンドも無しっぽい。この改変が360版では潔く取り下げられ従来の0から始まるパワーアップ方式に戻されている。
 しかし久々にやってみて痛感するのが、シールド(全面フォースフィールド)に守られチョロミスも許容されつつ尚かつ予備をストックして万全の体制のまま進み続ける安定時と、シールドを失い凡ミス即死の悪循環を繰り返すグダグダ状態との、その物凄い落差。装備を調える前と調えてからのゲーム性に開きがありすぎる。それならばいっそ最初からシールド付き=体力制にしてその上限を設けてしまおうという舵転換もまぁアリだったのかもね。でも結局は元に戻っちゃってますが。そうなるともうただの焼き直しになっちゃうんだよなぁ。
 1の前方のみシールドは当時の小学生にとっては頼りないヘボバリア以外の何物でもなかったけど、それ故にいつでも一発即死の緊張感が維持されているデザインが良かったのだと今は思う。そのシールド(というか武装だけど)を前後に付け替えながら進むR-TYPEのパターン性も面白かった(まぁ当時の記憶はラスボスを倒せないまま終わってますけど(笑))。そして何より、それでもクリアし得るトータルバランスね。

 万能性を高めていったが為にそれがデザインにどのように影響していったか、そしてそれをどう顧みるべきか。萌え萌えな別の冠を付けたのを機にもっとしっかり再構築してしまっても良かったのに。半端にやって結局戻しましたという結果は一番寂しい。(まぁオリジナルとアレンジは丸っきり別のモードとして成り立っているのかもしれないけどその辺はまだ何とも)