時間の波を越えて

 さて、年末の締めの前にちょっくら。

 「シュタインズゲート」のアニメ版再放送を見ましたよ。
 360版は以前に食いつきながら圧倒的厨二病ゆえに体験版で挫けてしまったものの、話としては気になりつつアニメ版の放送も逃していたもので。そのうち再放送するだろうと思っていたら4年も経っていたとは。

 うん、面白かったですよ。
 特に、2クール連続アニメのクライマックスに突入した自分が、いつの間にか次回作の宣伝を見せられていたところなんかね。

 いや、まさかの再放送での内容差し替えという奴です。(丁度次回作の発売直後だったらしい)
 いやもう前代未聞と騒がれていたけど、こちとら違う意味で前代未聞だよ。最終回返せよ!(笑)

 そもそも22話でお話としては悲しいながらもかなりキリの良いEDを迎えた後だったので、いわゆる真の解決編を残り数話でどう落とし込むのか不安も入り交じりながら見守っていたところ。とうとう主人公の心が挫けて挫折からの新展開、って残り3話(注:全26話と勘違いしていた)でどうすんだろ。携帯もスマホっぽくなってた気がする?し、CMでやってたAIとかも出てくるんじゃん?なんだ結構詰め込んでたのね。と、壮大な次シーズンクリフハンガーへの差し替えを見せつけられて尚、当人は未だに事態を飲み込めていなかった模様(笑)。
 そして続けざまに次回の録画を再生したらいきなりの特番。「ここに来て宣伝番組挿入とか、これまだ最終回まで放送されてないってこと?」、と最初に心配したのはそこかと(注:残り録画本数の計算で、26話と勘違い)。いやー、後半1クールは一気見していたのでここでお預け喰らうときっつくて。取り敢えず特番を早送りで回してたら「オリジナルの23話」というテロップが出てきて、そこでようやっと事態を掌握。そして、「じゃあオリジナルいつ放送した(する)んだ?」と再混乱もあったりしましたが。(結局「放送しなかった」というオチ。しょうがないのでゴニョゴニョ)

 いやぁ、ホントびっくりするくらいに面白かったですね。(マテ)

 いやいやまぁ折角なのでもう少し書きますけど。
 一応最初に断っておきますと、以前に書いたように厨二とアキバのオタクノリは半端ないので、あくまでそういうアニメファン層に送る時間SFエンターテインメント、ということで一つ。
 ただまぁ本当に主人公は「頭痛が痛い」レベルのどうしようもないノリを「わざと」やって遊んでいる姿に身悶えするんですが、芯は実に気が利く真っ当な人間なのでそこは安心しましたよ。

 以下、一応ネタバレありということで。
 お話の軸は、過去に電子メールを送れる機械を偶然開発したことと、それを応用して記憶を送ることでいわゆるタイムリープを可能にしたこと。
 過去メールによる時間軸改変と、やり直しのタイムループ。但し、近しい可能性の時間軸(世界線と呼ばれる)にしか飛べないので、強固に収束する未来からは逃れる事は出来ず、延々と「変えられない現実」を繰り返し繰り返し体験して疲弊していく主人公。そして物事の根源に近付く為には、皆々が望んで変えていった過去を順々にキャンセルしていき元の時間軸に戻ることが必要。個々人の思いに触れ合いながら苦渋の選択でそれを踏み越えていった先に待つ最後の選択は、二者いずれかの死、という究極の選択。そしてそれすらも最後は当人が納得した上で選んだ結末は、ハッピーエンドではないけれども「皆の総意を得たベターエンディング」と言ったところ。

 いやー、いい最終回でしたね(22話)、という訳で話のネタとしては完全に綺麗に収まっちゃった後は、残る当初の伏線の消化を含めたエンターテインメントとしての締め。つまりはここが丸く収まろうが、新たな急展開をぶっ込んで次シーズンに繋ごうが、それは何処でも見られるよくある光景だったのではないですか(※洋ドラとか洋ドラとか)、ということになりますか(笑)。

 まぁそれはさておいて、そういう「悲劇のエンドレスループ」とか、「己の望む未来の為には他人の幸福を踏み砕かなければならないジレンマ」という、時間SFネタを大変美味しく戴かせて頂きましたありがとうございました、といったところでしょうか。
 こういう命題は、その選択が重ければ重いほど、その重さを描くにはまずキャラクター(人物)を描かなければいけない。それにはそれだけの尺が必要になる訳で、最初は正直「2クールもあるのに全然話が進まない」と思いながら見てたけれども、結果としてはオタクの青春の日常を交えながらの2クールの構成は丁度良い案配だったのかもしれない。
 これが洋ドラ・cartoonなんかだと、シーズンを通して積み上げてきたキャラクターを使って1エピソードにぶっ込む、って話になるんですが。そこはシーズン物で作るか一個の作品としてまとめるかの違いで。とにかくやっぱりこういうことをやるにはぽっと出のキャラクターでは感情移入できないからね、逆に今まで見てきたキャラだからこそ映えるものが出てくるよね、という話。

 因みに一つ最後まで引っ掛かっていたのが、自分は、この話の時間軸の解釈をいわゆる「多世界解釈(パラレルワールド)」と勘違いしていた点。
 タイムトラベルと過去改変が「主観の移動」として起こることであり、更にその中で(何故か)主人公だけが自他による改変に関わらず移動前後の記憶を保持してしまう能力を持っていた(他者の時間軸の分岐に巻き込まれるようなもの?)ことで、時間軸(世界線)を越えた観測者の立ち位置に納まり、それ故に本人だけが体験できる数々の経験・苦悩、それが「孤独の観測者」という話かと。
 そして主観であればこそ「己が最も望む未来」こそを欲するものの、そのためには他者が望んでいなかった未来を選ぶ必要があると。それは移った先の時間軸ではそこが当人にとっての現実になるというだけ(ぶっちゃけよろしくやってる別世界の自分にはなれなかっただけで、当人にもその認識すらない)の話だとはいえ、主人公自身は別の世界での幸福な姿にも直に触れているからこそ感じられる一抹の背徳感、そこに何処まで感情移入出来るかってところに面白さがあると思いながら見ていたりもしたもので。
 そんなところで、改変は当人の主観の中に収まるものと考えていたので、「未来を変えて!」と人に託したところで(託す側の未来人には)何も変わらなくない?、というのが最後まで引っ掛かっておりました。(追記:当人の主観(世界線)では既に起きた未来は変わらない?と思ってたからなのだけども、擾乱を防ぐ切っ掛けを作り平和になった世界線を見てみたかったというのはあり。だけどやはり個人体験に閉じる以上、未来でチーム一丸となって取り掛かる問題ではないんだよなぁと思うところ。)
 そしたらですね、そもそもこのお話はJohn Titorという実在の人物・事件にあやかったお話だったんですが、このオリジナルの主張は多世界解釈だったのに、こちらの作品のジョン・タイターは「世界線は一本」というお話にすり替えられていたと。書き換えられた世界こそが唯一無二の現実というパターンだったと。確かに前半を見返したら、アニメでは最初っから「世界線は書き換えられる」って説明になってましたわ。アニメでは省かれたのかもしれないけど、多世界の発言はCERNならぬSERNを欺くためのフェイクだったという設定があるらしい。
 史上最大の悪徳機関に仕立て上げられたCERNもいい風評被害だよねと思いつつ、そういやLHCは当時も凄いネタになったよね。LHCというと自分は真っ先にゴードン・フリーマン博士目撃の報を思い出しますけどね(笑)。(元記事の画像リンクが切れてしまっているようなのでこちらも参照)

 といったところで。
 今年はあまりにも余裕が無くて、気付いたらSFネタも全然仕入れてなかったなぁという所だったので、年の瀬に手頃なSFネタを味わうことが出来て楽しかったですね、というお話でした。