カリクムとクオリアと

 さて、話のトーンも合わないので分けましたが、引き続き綱島志朗関連。

 ジンキの絡みで自分の若い頃の雑記を読み返してみたら、本当に口悪いねこいつ。
 「EXTEND即ち余計なモノ」とか酷い。
 でもそれくらい期待を裏切られたと言えるだけの事を彼はやったのだけれどね。
 それもまだEXTEND中盤の頃の話であって自分はもうそこで離脱してたけど、そこから後の話はもっと、ファンで居続けた人には堪えたんじゃないのかな。

 自分の身近な例としてドリクラに喩えると、
 身を持ち崩したD3Pが続編をセクシャル路線に転向させて、挙げ句はエロゲに進出。また一般に戻ってきたものの脚本家が同じノリのままアイリルートではセクサロイドとして売り飛ばされ○○されるバッドエンド。

 、、、ハァ。
 まぁ少なくとも、こうして人生半ばを過ぎたオッサンが「スキルポイント0から始めるお絵描きごっこ」に興じる未来が生まれることも無かったろうね。

 「オリハルコン・レイカル」より、
 img
 うーん。まぁ落書きってことで。(ははは)
 (一夜置いたら自分でもまだ何か歪んでる気がするので多分人様から見たら露骨に歪んでいるんだろうと思います。でもこれでも反転画を見た時の嗚咽を漏らす程の絶望も少しは和らいできた気はするんですよ。10億本ノックまで残り後何本かなー(白目)。)

 まさかの黒髪ツンデレ。
 人生で初めて描くツインテがまさかカリクムになるとは思いもよらず。(あ、模写はノーカンで)
 カリクムで思ったことは、「クワガタはやっぱり二番手なんだなぁ」と(笑)。

 とか何とかさらっと流すつもりだったんですが、
 こうやって描くための参考カットを探して読み返している内になんか益々カリクム気に入ってきた。
 カリクムはエピソードがいいね。復活感動シーンの涙目あっかんべーの締めが、なるほどこれがツンデレというものなのか~(たぶん)、と。
 仮にリボルテックでカリクムも出ていたら当時追い掛けてなかった(=買わなかった)ことを後悔したであろう程度には気に入ったかな。(果たしてこれはどの程度なのか、自分もよく分かりません)

 実はこれを言うと限られた同好に喧嘩を売ってしまうようで控えている事実があるんですが、
 昔からそれなりにこの手の美少女メカ物に手を出している割にはホントのところ、そういうのによくある創主=マスターという主従関係モノは好きではないというよりも嫌いだったりしてまして(カッコ可愛い美少女メカ物として割り切ってる感)
 でもこの作品の場合はパートナーとしての収まり所なのが自分には良い塩梅。「絆」って書くとこそばゆいけど、カリクムなんかはマスターがマスターなので良い相棒的な関係性。でもまさか合体(意識融合)するとは思わんけどさ(笑)。(よく分からん神秘的な力の世界なのでそこはそれで)

 あともう一つ、ラノベコミカライズの「紫色のクオリア」
 これは何と言いますか、まどかマギカの「ですよねー」展開をきちんと綺麗に締めた感じかな(笑)。
 いや物凄く誤解されそうだけど、核心的ネタバレのため深くは書かないので察してもらえればと。

 一巻は妙な設定考察ラノベで始まったけど、気付いたらループSFを始めていまして。
 思考実験みたいなものなのでどうしても語りの長いSFにはなっちゃうけど、読者層を考えても説明が要るのは致し方ない内容だしまぁいいかという感じ。
 うん、なかなか楽しめました。

 そう、面白かったんだけど、ただ彼には只の作画仕事でしかなかったんだろうなぁとは思う。
 「彼(綱島)には原作を付ければいい」とは言われていて、そういう作家は実際山ほど居るんだけど、ただ日本ではそれが下請けにしか思われていない現状があるのではなかろうかと。
 漫画は一人でビジュアルからシナリオまで手掛けられるマルチ創作のフィールドなので、それに憧れる作家は多いのだろう。
 馬の合う原作とコンビを組めるのが理想なんだろうけどね。

 ただまぁ彼もレイカル程度に描けるなら無理に原作を付けるよりは、編集者がきっちり抑えるか、あるいは本人もきっちり棲み分けするか、かなぁ。
 まぁ最新作で(しょうもなさに)ドン引きする内容を嬉々として描いている時点で、自分が深入りするような作家でもないんだけどさ。うん、ホントは関わっちゃいけない。

 何かね、やっぱりモニョるこの気持ち。
 今更あまり触れるべき話題でも無かろうと思いつつもこうしてグダグダ書き連ねちゃったのは、SF者の端くれの端くれとして「紫色のクオリア」に触れとこうってのが当初の目的だったんですが、それだけじゃ何だからとこうしてお絵描き練習の切っ掛けとして巻き込みつつ、読み返してる内に「良いところはホント良かったのに」というこの気持ちが微妙~に膨らんでしまいましてね。
 勿体ないお化けの世代ですからね。

 ただ幾ら言ってみたところで、ジンキはアレな展開の方が最早本道になってしまったというだけでなく、実のところ「黒将なんてものが出てこなければ良かった」というのは、あくまで最初期の展開が好みだったというだけに過ぎないんですけどね。
 でもそれくらいやっぱり、最初期とそれ以降では、作品の雰囲気もキャラクターもそしてメカも別物だったんだよね。(テーブルマウンテンからパラシュートで降下していたのも遠い遠い昔)

 まぁ連載冒頭の見開きで一号機のシルエットは出ていたし、全て最初から考えられていた展開なのかどうかは分からないけどね。
 ただ「少女が見た戦場」から得られたワクテカ感はそういう所ではなかった。

 現場メカニックの工夫で装備のマイナー改修を続けながら、色々な古代人機を相手に戦い続ける、そして多分最後は古代人機の群れみたいなのに立ち向かって「戦いはこれからだ」エンド。
 いやそこはジョークですけど、別にそれでもいいじゃないですか。
 ああいうのは大抵、神秘的な何かか組織的謀略かの話に収まりがちなんで(そうなったんで)、そんなつまらん幕引きの為に労力を注ぎ込むよりは、面白い所だけを描いてやりたいことだけをやっておしまいにする。
 無論「何かしら一区切り着いた」終わらせ方の方が良いけどね。そこに最短で辿り着けるのであれば。

 そんな平行世界の可能性をマナブさん(クオリア)みたいに覗いてみたいですよ。

今更人機

 ここんとこやる気の減退率が半端なくてですね。
 ダウナーにはむしろダウナーをという発想か、ちょっと敢えて地雷を踏みに行って爆散してくるくらいが面白いかなと思ってみたんですが、しかし却ってただ萎えただけの結論が待ち受けていた気がしなくもなく。(当たり前じゃないのか)
 元々ダウナー指向は存在する人間なんですが暗落亭苦来、とかその辺)、自分も言うほどそういう物は食えなくなってきたのかなぁ。
 いやここは、マイナス255を突き抜けるアンダーフロー効果に至らないただの半端物だったのが悪いんじゃないのかな。

 そんな訳で、
 img
 津崎青葉です。でした。、、、たぶん。(制服着てると益々誰だか分からんかもしれず)
 ジンキが人機であった頃は凄く好きでした。はい。

 以下、本当はそっ閉じすべき話題なんだろうとは思いつつ、
 綱島志朗のジンキ(人機)シリーズを今更ながらに掘り返してしまいました。
 いやね、
「なんか昔に陸戦ガンダムだかダグラムみたいな感じの泥臭いロボ漫画あったじゃん? 打ち切ったあと続き出てるみたいだけどどうなったの」
「新ヒロインがレ○プされて、『○まされた呪わしき子供が次章の敵になるよ期待してね!』、で中断中」

 、、、耳を疑うと言うよりも頭を抱えるレベルでしてね。
 まぁね、「**年ぶりに一般作品からエロゲーが製作された希有な例」というシリーズに成り果ててしまいましたからね。
 自分は勿論とっくに(その前のギャルゲ路線の時点で)離れた口なんですが、よもやここまで坂道を転がり果てていようとはね。

 くれぐれも勘違いして欲しくないのは、これは「衝撃の展開」なんて格好良いものではなくて、「ああ、やっちまった」というのが正しい評。ただの粗末なエロゲ展開。
 ただ実のところ改めて振り返ると、このリレイションでの結末も前編エクステンドから前振りはあった。総合的に見て、無印からの雑誌移籍時にハーレムギャルゲーにリニューアルしたエクステンド赤緒編(実質二部構成なんでややこしい)はよっぽどストレスだったんだろうなと。「いつかやってやる」という鬱屈とした思いを込めた当時の伏線を、最悪の結末として回収した形。これに限らずリレイションは諸々前作キャラ虐めの為の作品だったということだろう。一度エロゲ化もしてるんだからもう土壌として全然OKだよね?と。

 しかしそれを地続きの続編・キャラクターでやる、という行為は通常一体どういう結果を招くか。
 ぶっちゃけ「私怨の憂さ晴らしに読者を巻き込んだ」に他ならないんだよね。プロとしてこれはどうなの?と。
 彼には「叱る人間」が必要なんじゃないかな、と思います。

 元々、彼はこういう陵辱エロゲ展開が好みだったという事実がある。(無論当初は知る由もなく)
 勿論そういうのが好きな人間も何処かには居るし、その一部のイエスマンに囲まれているのが今の現状。
 しかしそれは同時にそれを望まない大多数を踏み台にしてしまったということに気付くべき。一般で始まった作品をそのまま使った以上はね。

 いや別に、マジョリティに屈してマイノリティをやめろと言いたいのではない。むしろ逆。
 マイノリティはマイノリティとしての自覚と自制を持つべき。
 人様に迷惑を掛ける奴はマイノリティの風上にも置けないと思う。
 こんなかつての読者を裏切って「原作者自ら原作レ○プ」するような真似、連載作品を発表する作家がして良いことではない。

 ここで思い出したけど、彼は一度、世間の重圧に負けてるんだよね。
 無印ジンキ初期の絵柄を過去作から変えたら猛反発を受けて戻したという経緯がある。あれは本当に不幸だったとは心底同情したい。(冒頭に描いたように自分はむしろあの作画が気に入ってたんだよね、、、すぐ変わっちゃったけど)
 そういう所から大衆への反骨心が強いのは分かる。けれども折れはせず、かといって歩み寄りもせず、というのは違うでしょう、

 挙げ句、やりたい事だけを無節操に追い求めた結果が最新作の人狼機、ではね。
 掲載誌が相当な曰く付きらしく(なんとかRED)、かなり目も当てられない最早ただのエロ漫画と成り果てている。でも一般。(外人が成年コミック扱いしてて噴いた)

 まぁ作家の作風が行きたい所に行ってしまうこと自体は別に他人がどう言うところではないんですよ。
 ただね、一つ思うのは「ずるい」なと。
 メカは描きたいけど一からは企画が通らないから、一度TVアニメ化もされて箔が付いているジンキのネームバリューに頼っているのが実情。
 一応今回は別世界・別設定だけれども、それもいつ繋げてくることやら。
 実際スターシステム的に旧作キャラも出てきているらしく。どうせレ○プされるだけとは言われていて、一体どういう捻くれたファンサービス(極一部向け)なのかと。
 通常エロ同人として場外の世界で望まれるものを作者自らが体現してしまっている訳で。
 こうなってくるといつまた他作品のキャラまでもが巻き込まれるかという不安も生まれてしまう。最早続きを読む気もないけど。噂も耳に入らないことを祈る。)

 勿論それを「もっとやれ」と望む趣味層も0ではない。
 そして作者もそれを望む気持ちは強いのだろう(コメント的にも実績としても)
 しかし一般とエロ同人の混同など、通常は望まれるものではない。
 それがやりたければ元からそういうフィールドでやるのが当然であって、一般にしがみつきつつ出版コードのお目こぼしに頼っているだけなのが今の現状。
 これこそ「ずるくて卑怯」というもの。

 普通の作家は、「やりたくても出来ないことは他でやる」というのが当たり前なんですよ。商業に限らず同人なりも含めて、何より「別の形」で。
 でも彼は過去の経緯に甘えて、批判も聞き流してイエスマンだけに頼って(※)、今の位置に留まろうとしている。
 これが叱られずに何とする、とね。

※双葉でtwitterとの温度差が激しくて悲しい、とあったけどそれも当然の話。
SNSはコミュニケーションである以上、基本は肯定の場。批判と喧嘩は炎上リスクでしかないので必然的に自粛される。つまるところ同好の場。そんなプラス評価の数だけをいくら数えたところで正確な評判を知ることはできない。

 まぁこうグダグダ書いてしまうのは、やはりどっかにモニョる気持ちが強くてですね。
 そもそも、当初はここまでではなかったけど、今はいわゆるサービスカットが大好きな作家として落ち着いた人。
 自分はそこは別にどうでも(HAHAHAみたいな)、とは思うのでその時点でもはや正規の読者層から外れてはいる。

 元々自分はメカ・ロボとエロが同居できない気持ちがあるのだろう。
 ロボエロゲにも一切手を出していない。
 エロから一般に這い上がった例も出てきてはいるけれども、元々エロを軸に構築された物語設定なりキャラ設定から始まっているという所に、どうしても一種の冷めた目線しか向けられない。
 ジンキは最早それと同じ道だからね。しかも逆に一般からエロ。

 いや勿論エロが駄目なんじゃなくて、「これはこれ、それはそれ」の人だと。(もっとガチなもん探すわ、とでも言っておけば)
 そういう読者ってそれなりに一杯いたんじゃないかなと思う訳ですよ。
 それが気付いたら何処にでもある、ぶっちゃけしょうもないエロ同人崩れになってしまった、という残念感がこのモニョる気持ちの源泉なんだろうかなと。

 最早自分にはこのシリーズは、「いってらっしゃい、さようなら」と。

 とまぁ、これだけならよくある「残念な作家でしたね」でそっ閉じ終了なんですけどね。
 他作品の「オリハルコン・レイカル」が評判も悪くないので、つい興味本位で読んでしまったところ、「何だよちゃんと面白いもの描けるじゃないか」と。
 こちらも中断の後に別雑誌で再開しているので、またてっきりどう転げ落ちてしまうのかとハラハラしながら、女性キャラが一杯拉致されて「俺も楽しみたい」みたいな事を言い出した時は『あっ』って思いましたが、見事なフェイクだったのか、編集がしっかりきっちり止めたのか。終始バランス良く収まった作品だった。なのにジンキはどうしてこう、、。

 まぁ強いて言うなればこれはもう、正と負、光と闇みたいなもんなのかな。
 ジンキはもう作者の悪趣味を発散する場として、他はちゃんと仕事しますと。

 それがある種の彼なりの住み分けなのかなぁ。
 でもそういう時は普通、別名義でやるのが社会的な礼儀だと思うんですけどね。結局こういう話に戻る訳だけども。
 レイカルが面白かったからジンキを読んだら~、という犠牲者が出ている事は肝に銘じるべきだと思う。

 だからこそ、スターシステムで他作品を汚すのだけは絶対に無しだと言いたい。>人狼機
 実際、レイカルで使えそうな例が容易に思い付くんですが、そういうのはエロ同人の役目であって。仮にもし公式にやらかしたら「作者すごい」なんてものではなくて「作者は業界から抹消すべき」、絶対に忌むべき行為。本当に気を付けて欲しい。

 それとあとレイカルを読んでも感じたけれどまずジンキでも、ドタバタでバカやってる時が一番輝いているというか(作者が)楽しそうに見えるんだよね。
 かつての男集団のど突き合いからしてそうだし。リレイションも正直、勝世がバカやってる辺りが一番(害も無く)好きでした。嫌いになり切れなかったのはそういう所だと思う。そういう所こそを上手く続けて行ければいいのになぁ。

 そして何よりも、久々にジンキ(人機)無印の初期を読み返したら、「物凄いワクテカで童心に返った」という事をここに記録として留め置きたい。

記念2017

 完全自動洗濯機(洗って干して畳んで仕舞う)の完成まで後28年、、、。
 ソフトとハードを一緒くたにするなという話はありますが。
 まあね、かの宮崎駿もケモナー版ホームズでハドソン夫人をお掃除好きの世話焼き女房に描くくらい、人間ってのは時に都合良く甘えたくなるものなんですよ。ただ一方で「人に迷惑を掛けちゃいけない」のが我々みたいな人種の鉄則でもありますからね。
 その点ロボならばお約束の三原則的に「ロボだからね、一応ね」としょうがなくも面倒を見て貰えますからね。賢いロボ(AI)なら人間の心理も読み解いた上で相手してくれますし。きっとその内、自然と程良い人口調整もしてくれるんじゃないでしょうかね。HAHAHA。

 などと脱線仕掛けたところで、
 さてはて、最早恒例のアイリちゃん稼働記念日ですね。
img
 ディスプレイから2mくらい離れて見るのがいつもの推奨環境。

 うん、まぁ、うん。
 ユ・ガンデル大僧正(何それ)に怒られてるのは分かってるんですけどね。
 最早致命的なまでの適性不足は繰り返しの鍛錬で補う他ない訳ですが、1000本ノックとはよく言ったもので。むしろ自分の場合は10億本ノックくらいかな? 「あと1キロがんばるです」とはアイリちゃんも言ってますよね。まさかのべき乗かー(白目)。

 先日も少し触れたけど、元々はアイリちゃん以外のロボ子を描いてから戻ってくる遠大な計画が現れては途絶えまして(練習まではしてるんですが)。それに全く新規に作り起こすイマジネーションにも不足しておりましたので、丁度良い頃合いだからと過去作の仕上げを目論んでみた訳ですが、それこそ「前回より下は許されない」という分厚い壁が立ちはだかるリスクを全く予測できてないよねこの人。

 やっぱりとにかく顔が下手くそな事実が如何ともしがたく。前回もまだ何か(自分の中では)微妙に違うなぁと思いつつも、それでも過去トップクラスに似ているのは「ある程度似たアングルを参考にした」からでありまして。一から自力で描いてみたらやっぱこんなもんですよねー。
 まぁこれでも、再々リテイクの果てに「あまりにも歪みが酷いから一度絶望してオリジナルを参考にしまくったら、参考にしすぎてただの模写だコレ」になってしまったもんで、流石にそれは申し訳ないと再々再リテイクで自力に戻してみた結果ということで。それではまたけーぜろさんの来世にご期待下さい。

 あとは色塗りの方は、もうちょっと濃淡で遊びたいなぁと敢えて薄い水彩塗りモドキみたいなものに挑んでみたりしたんですが。
 正直今はこれくらいのお気楽路線からでいいんじゃないかな。

・供養塔
img
 比較ダメ、絶対。(うっかりマジで凹む)

Retro ThinkPad

 嗚呼、完全自動洗濯機が欲しいんじゃぁ。

 おおっと一週先走りましたよね。
 私的には言うまでもなく近年この時期は仕込みの季節なんですが、正直ここ数ヶ月物凄い低調ぶりを示しておりまして。「テンションゲージが電気ケトル並み」という意味不明な言葉を残したりしておりました。物凄い勢いで温まってやがてすぐに冷める、保温性皆無のテンションコントロール。
 いやここは、昨今の流行り廃りのサイクルが恐ろしいまでに短い今時の消費文化に俺も適応できるようになってきた、などと皮肉まみれの毒舌に他なりませんが。でもほんとそんな感じだよなぁと思いつつ。なんかもうあっという間に話題が過ぎ去りすぎてね。アイリちゃん何年も引き摺ってる俺バカなの?(バカです)
 まぁね、ここは「嵐は過ぎ去るためにある」とかいうよく分からない運命論的な言葉を残してみます。(木星の嵐とかずっと止んでませんけどね)

 という訳で、前回のAndroidの残課題は絶賛放置中のまま。
 (ココ愚痴数行削除)

 ※追記:
 以下、ネット情報に踊らされただけの哀れなエントリなので全無視して頂いた方が良いです。
 情けない結末を見たければこちらをどうぞ。

 そんなこんなの全く盛り上がらないこの気分を見かねてですかね、
 Retro ThinkPadとうとうキター(くるくるAA略)。
・keyboard to die for(死んでもいいと思えるほどのキーボード)
 最早笑う他ありませんね。

 当初から25周年モデルだろうとは言われてはいたけれども、その今年を迎えてからもあまりの音沙汰の無さに最早誰も彼も諦めがついてしまったのか、全く話題にも上らなくなっていた程で。「作ってたんだw」とは友人の談(笑)。
 実際フラグシップモデルのX1Carbonがぶっちゃけ出色の出来と言いますか。これで満足しちゃった層も少なからず居るんではなかろうか。(X200系は最早死んだ)
 かくいう自分も、流石に仕事の方はもう厳しいので諦めてX200sからX1C2017(gen5)に移行したんですが、「もうこれでいいか、これにするか」と、家のマシンの買い換えも2017年末くらいを目処に視野に入れていたところ。
 強いて言うなれば、フラグシップモデルの買い控えを起こさない時期を狙ったのか、単にギリギリまで開発の調整を続けていたか。まぁ両方なんでしょうな。

 というかですね、正直に言って私の要望に近いのは明らかにX1Cでありまして。ぶっちゃけX1C2017に7段キーボード配列が乗ればもう(ほぼ)文句無いというのが本音。
 Retro ThinkPad自体はそれ以上に色々と本当に過去の、古き良きIBM ThinkPad時代を振り返る為の仕様がてんこ盛りなので、「そこまでは要らないんだよなぁ」という点、逆にネックにもならないかと気掛かりではあるところ(これは当初から思ってはいたところではある)
 なので、本当に自分にとっての最上の未来というのは、「この反響を受けて7段キーボード配列が見直され通常モデルに逆輸入」という世界線の到来な訳ですが。「寝言は寝て言え」なんでしょうネー流石に、とは思っていますよ、はいもちろん。
 まぁまずは「死んだ子がゾンビじゃなくて本当にザオリクで蘇ってきた」ことを喜びまする。あ、DQ2基準じゃなくてDQ3基準でお願いします。

 そんな訳で、「最後」だと思って買うの一択になる筈ですが、期待半分不安半分で思うところを上げておきましょうかね。

・サイズや重量
 まず気掛かりなところ。どうなるかな。
 以後触れる諸々のハード要求でどうしても重量は嵩むだろうしなぁ。
 X1C2017の14inchを感じさせない細ベゼルと1.1kgの重さのバランスはほんと絶妙なもんで。
 ただX1Cベースだろうとは言われてるし、当初の「1.8cm厚を目指す」というのは正にX1Cの現状なので、そこから大きく膨らまないといいなぁと思いつつ。

・keyboard to die for(死んでもいいと思えるほどのキーボード)
 詳細はまだ伏せられているものの、かつてのパンタグラフ+7段配列、でほぼ確定だろうとは思う。
 しかしパンタグラフでは厚みも重量も嵩んでしまわないだろうか。
 自分は別に打鍵感はそこまで拘らないというか、その辺の酷いのは論外だけれども、ThinkPadのアイソレーションは他社製よりは確実に良いので、それが筐体を薄く軽くするためであれば必要な犠牲として、その範囲でベターを求めた今のX1C2017のそれでも別に良いとは思っているところ。(他社製は触って数時間で外付けキーボードを買いに走った過去がある自分が言います)

 因みにもう一つ、どうしてもという程では無いけれど一点。
 偏に7段といっても「最後期のX220の頃の7段は違う」とは正確には思っているところ。参考:思えばこの機種が悪夢の前触れだった)
 具体的に言うと、DELをでかくしてINSをどかした点。
 ThinkPad7段配列の最重要コンセプトは「フルキーに極力近い配置」、これに他ならない。右上6キーの塊がその象徴。
 まずHome/End, PgUp/PgDnは文書編集系ソフトでは1セットで用いるキー(なので、これをばらした今の6段はどうしても収まりが悪い)。そしてこれはついでといえばそうだけどIns/Delが横に並ぶ。これで1セットだし、これを想定してキーショートカットを配置しているソフトも極々若干ながらにあるので、敢えて従来の使用感を崩されてまでDELを大きくする需要は自分には無い。(そもそも大きい方が押しやすいとかそれこそが慣れだろうと言いたいので。)
 一方で、ESCを縦に伸ばしたというよりもF1を1つずらして横に並べた点、こちらはアリと思っているというか正直これでいいと思う。むしろ何故上にずらしていたのか、それが伝統になってしまったのか。7段が使い慣れないって実は本当はこのESCの位置だったんじゃないかと思ったりもしているところ。慣れていないとF1が盛大に誤爆する、というか実は自分も結構誤爆していたので。
 なので、ESCの位置だけ最新のまま、INS/DELは大元の6キーセットのコンセプトを尊重したハイブリッド版がいいなぁ、などと思ったりしておりますが。次点で旧7段。最後期はコンセプトの台無し感が嫌い。
 などとまぁ夢は見させて下さい、はい。多分最後期のなんだろうなぁ、、。
 物理的な部分(ハード)ってのはユーザには手が入れられない所だからね。どうしても開発側の良心に期待するしかない。

 っていうか、嗚呼、どうしてもキーボードは語ると長い。
 これでも話すっ飛ばしたんだけどねぇ。

・TrackPointキャップは3種類を復活
 自分はこういう拘りまではないですよ、という一例(笑)。
 まぁここは自分は「稀に使う」レベルなので悪くなかれ主義の対象なんだけども、lenovo-PC(非ThinkPad)の紛い物や、Bluetoothキーボードの光学センサー版を見せ付けられるに、ただのオマケにならないよう最低限のクオリティは求め続けないと後で後悔させられるよね(7段配列問題よろしく)ということで。

・トラックパッド(というかクリックキー)
 どちらかというと気になるのはこちらかな。
 まぁ現状維持だとは思いますけども、余計なことをしなければ。パコパコパッドとかな!>X240参考
 こういう所、MacBookへの憧れを隠さないハード設計が多くてですね、、。
 Macのあれはあれで完成してるんだろうけど、特許で固められているのか同じ構造は今でも取っておらず、パッドクリックもあるにはあるけどクリックキーは独立して置かれている今の形を固持して欲しい。
 というのも自分、右手でポインタ操作して左手でクリックする両手スタイルが使いやすくてですね。でもパッドクリックだとマルチタッチに判定されやすくてそうもいかない。何だそれと思われるかもしれないけど、だってどうせ左手余ってんだもん。あ、あとこれはトラックポイントの操作スタイルの延長だからかな。ってことは心配する必要はないのかもしれない。(トラックポイント自体が潰されない限りは、、。)
 まぁそもそもパッドは使わないんですけどね。スクロール操作専用じゃなかろうか。
 X200sの頃は「無くなってスッキリした」とまで思っていた所だけど、このジェスチャー系操作が実用的になってからは存在を認め直しております。<酷い言い草

 因みにトラックパッドではなくトラックポイントの何が良いって、その位置なんだよね。
 膝上ノートで使うとよく実感出来る。パッドは下すぎて。(慣れなんだろうけどね)

・ThinkPadのブラックラバーコーティングを復活
 何それ?とか思ってました、、。すんません全然「熱烈な愛好家」じゃ御座いません。
 剥げるとか評判だけど気にしたこともないから大分前からなくなってるのかな?とか思っていましたが、よく調べたらX200sもラバー塗装だったらしい。これかー。
 なんか剥げてべたつくらしいですよ。
 ラバー塗装がベタベタに、っていうと前のlogicoolのマウスを思い出しましてね。マウスだから最悪でしたが、(サブマシン用だから)やけくそ気味に使い続けて、やがて乾いてザラザラになる所まで行きましたよ。とほほ。(流石にもう捨てた)
 まぁそうならないよう祈ります。
 駄目になったら激落ち君(メラミンスポンジ)が効くそうですよ参考

・モニタサイズ・解像度
 比率は16:10などとも期待されているけどどうだろう。
 X1C2017の14inch FHDのサイズ感は非常に良いので、これが16:10、1920×1200になったら最高かもしれない。っていうか家のサブモニタと同じ解像度やん。まぁ実はFHDもちょっと小さい(細かい)くらいなんですけどね。でもX200sの12inch WXGA+(1440×900)と同様、コンパクト・機能性重視でちょっと細かいくらいが丁度いい。
 まぁ16:9でもFHD解像度があれば今は十分快適なので、無理に大きくしなくとも、とは思ってるところ。でかく重くなっちゃうしね。X1C2017は今のベストサイズ。

 それより懸念しているのは、昨今MS自身がSurfaceで押し始めている高精細モニタ路線に釣られてしまわないかどうか。WQHDとか氏ねってレベルですよ。いやホント。
 これは長くなるんで今は避けますが、結論から言えば「Windowsでdot by dot以外の使用は現状あり得ない」と断言するレベル。
 少し古いけどこの人の記事なんかを舐め回していくと、過去どれくらい悩まされて今に至っているかは分かって貰えるのではと。
 特にマルチモニタ環境は未だに解決の目処も立たないので、当然のように使う身としては正に論外。どれくらい論外かというと「WQHDを買って二週間で現実を思い知って買い換えた」くらいに論外。(お陰で(手放してから)再度待って最新モデルを買うという不幸中の幸いにはなったものの)
 不勉強でしたからね。同じ轍を二度踏む気は毛頭御座いません。

 実はこれが最大の懸念点であって、如何に7段キーが復活しようが、このデメリットが上回って諦める未来すら覚悟しております。それくらい表示問題は致命的。
 まぁ5年後10年後(ォィ)くらいには解決すると思えば先行投資と思って購入するのも考えられますが、どうかね、、。などとつい躊躇してしまうくらい。マジでボヤボヤは職務放棄したくなるレベルですよ。目が死ぬ。頭痛不可避。

・インジケータ(追記)
 忘れていたけど、これは主張しておきたいので追記。
 X1C2017の残念ポイントの一つ。
 WiFi、Bluetooth、ディスクアクセス、電源状態、こういったインジケータランプはやはり欲しい。特にアクセスランプ。ハイエンドモデルでこういうのを軽視するというのは嘆かわしいね。時代の趨勢、なんかなぁ。うーむ。
 如何せん、Windows10が原点回帰の如く「残り○○%から延々進まない病」を再発しまくっているので、アクセスランプが無いと何やってんの大丈夫なのという判断すら出来なくなる。
 そうでなくとも処理中か否かってのは知りたいもの。勝手に何かやらかしてる時ってのはあって、大抵は(CPU温度と)アクセスランプで分かる。
 しょうがないからこういうソフトを常駐させるという頭の悪い作戦に出ている始末。でもWindowsUpdate絡みの再起動時処理は当然タスクトレイも無いので見られない。再起動が延々終わらない悪夢の時代とかありましたからね。今はマシになってきたろうけど。

 自分に取ってPCはお洒落アイテムじゃなくてあくまで道具なので、道具の機能性を削ぐという判断はやめてほしい。極端に言えば、自動車でAIが警告入れるからスピードメーターもガソリンメーターもいらないよね、とかいう時代が来るようなもの。
 Retroで載らなかったらちょっと開発陣に幻滅かなとすら思うポイント。第一、蓋をappleよろしく光らせるためだけに配線を入れてるヒマがあるなら、とね。参考

・価格は発表できないが、噂の出ている5000ドルよりは安い
 まぁこれは「5000ドル?ないよw」って意味でのジョーク発言と思われるので。
 高解像度という一点の懸念こそあれど、それ以外は「最後」のモデルと思って買うしかないよね。お金の問題じゃないからね、と。

 さてはてどうなりますかね。
 10月の未来から諦めろというメッセージはまだ届いていないので希望は持ちます。(笑)
(※:結末

Android Kindle SDカード化・その2

 前回さっさと続きを書く筈だったんですが、気付けばいつもの月末でして。
 ぶっちゃけたところ、前回触れた話が全てでそれ以上の進展は何もなかったもんで、腰も重くてですね。
 まぁ、初期の混乱もあって曖昧な情報が流れていて困るからという正義感めいた動機なのか、あるいは単に自分は嘘はつきたくはないという「誠実さの徳」の強迫観念に捕らわれた者故の行動原理と申しますか(ぉ)。

 あれやこれやと経緯を書いた試行錯誤編と、要点について語った解説(モドキ)編みたいな2章構成で準備を始めていたんですが、途中で先に要点をまとめた後に、試行錯誤の詳しい裏を取ろうとしたところでまた「あれ?」みたいになりまして。
 「あ、これアカンやつや」と三度延期コースが垣間見えてしまったところで、一旦要点パートのみを出しますよ。
(※あれ?と思ったのは関連項目での話なので、Android6のSDカード内部ストレージ化の話としては今回で終了です)

 結局前回まとめた通り、ことAndroid Kindleの大量のDLデータをSDカードに移すという点においては、 /sdcard/Android/data/com.amazon.kindle/ を外部SDカード上に載せる必要があり、
 ・内部ストレージとしてフォーマット(メニューのformat as internal storage)
 ・フォーマット後にデータのエクスポート(あるいはメニューからmigrate data)
 重要なのは後者で、これで /storage/emulated/0/ 即ち /sdcard/ 以下をSDカード上のパーティションにマウントさせる。
(※日本の端末はメニュー封印されてるかも。自分は非JPのromを焼いているためか出てきていますが、メニュー名が日本語化されていない時点でお察し下さい。手動手順は割愛。)

 思いっきり英語ですが、以下に一通りの手順説明があるので参考までに。(複数ケースが書かれてるので、最初の”The Android Marshmallow Method” がそれ。)
https://www.howtogeek.com/114667/how-to-install-android-apps-to-the-sd-card-by-default-move-almost-any-app-to-the-sd-card/

■動作概要
 今回の機能を具体的な内部動作の面で見てみると、そもそも、
○従来
・internal(内部メモリ)
アプリ本体 :/data/app/
アプリデータ:/data/data/ (※セーブデータ等、一般ユーザに触らせないもの)
ユーザデータ:/sdcard/ (-> /storage/emurate/0/)
(例:
 写真データ :/sdcard/DCIM/
 アプリワーク:/sdcard/Android/data/
 ... 等々)

・external(外部SDカード)
ユーザデータ:/storage/emurate/***/ 以下に、本体の/sdcard/と同様の構成
(/DCIM/
 /Android/data/
 ... 等々)
 アプリの基本的なファイルは/data/内(一般アクセス権限なし)に置かれていて、これはOSメニューで外部SDカードに移すこともできる(アプリで許可している場合のみ)。尚、移動した場合は、SDカード領域(/storage/emurate/***/)のルート直下に .android_secure として暗号化した形で置かれる。(app2sd等と言われている機能)
 一方、それ以外のユーザデータ・ワークデータ領域(/sdcard/以下) は、元々internal、externalそれぞれに用意されていて、どちらを使うかは個々のアプリ側で切り分ける。でまぁ良心的でないアプリ、あるいは手抜きのアプリはinternal限定になってることが多い。

 問題は、前者(アプリ本体)がOSの機能に委ねられる一方、後者(ユーザデータ)はあくまで各アプリの実装に委ねられるという、管理方針に大きな違いがあること。そりゃあ開発側が一々実装なんてしませんよね(苦笑)。
 で、「アプリ側がサボる(/sdcard/以下しか使わない)んならじゃあ、最初っから/sdcard/を外部SDに当ててやんよ」、ってのが今回のgoogleの対応。
○適用後
・internal(内部メモリ)
アプリ本体 :/data/app/
アプリデータ:/data/data/ (※セーブデータ等、一般ユーザに触らせないもの)

・adoptable storage (外部SDカードパーティション)
ユーザデータ:/sdcard/ (-> /storage/emurate/0/)
 このようにマウントする、つまりは従来内部メモリ内に持っていたユーザデータ領域(/storage/emulate/0/)を直接、外部SDカード上のパーティションにすげ替えることで、内部メモリにしか対応してないアプリでもそのまま使えるよね、ってな発想。
 つまりあくまで後者のユーザデータに関しての扱いの問題なので、従来のアプリのSD移動とは別の話(※)。だけれどもユーザ目線では「SDに移動する」の一言で語られてしまうので話としても分かり辛くなっている。
※ただinternal化した場合にのみSD移動できるようになるアプリもあるのかな? Kindleは元々通常SDにも移動出来てるし(galaxyS7のandroid7でしか確認してませんが)、如何にも動かせなさそうなゲーム系アプリは使ってないので分からんです。

 しかも更に分かり辛いのは、当然ながらアプリ本体は従来通りinternal(内部メモリ)に置くか、SDカード上パーティションに置くかという機能はそのまま変わらないので、アプリケーションメニューでの「(アプリ本体を)外部SDに移動」という機能(app2sd)はメニュー名称含めてそのまま。内部ストレージと見立てたんじゃないのか、結局外部なのかという、言葉の上でのややこしさ。
 そしてこの機能で移動するのは当然アプリ本体のみ。だからこれをKindleでやって「出来ました」「やっぱ駄目だったよ~」は筋違いもいいところ。

 また問題の一つとして、「format as internal storage」で行われるのはフォーマットまでで、/sdcard/ (ストレージ0番)へのすげ替えマウントは「データのエクスポート/migrate data」の時に同時に行われる感じ?
 メニューを封印しているメーカーも多かったようなので、adbで手作業でフォーマットする手法が説明されているけど、これだけだとすげ替えマウントはされないからちっとも本来の意味を成さない(app2sdは機能する)。(自分はメニューで既に操作できたのでちょっと対処法までは調べていないけど、mount/unmountを駆使すれば何とかなるのかな。不明)

 あと表示上の問題として、元々/data/も/sdcard/も内部である大前提で長らくシステムを組んでいるものだから、OS設定メニューの使用容量の表示もその区分けしかされていない感が満々でしてね。「ストレージ」のメニューに表示されるアプリケーションの使用容量がもう無茶苦茶。上記の通り/data/が内部メモリ、/sdcard/が外部SDになる筈なのに一緒くたに計算しちゃうものだから、アプリケーションの使用容量と本体メモリ使用量がまるで食い違ったり、アプリ本体の移動だけでワークデータもSDに移動したように誤解したり。
 少なくともストレージ全体の使用量・残量は正しく出ているのであくまでそれを目安に。とはいっても更にAndroid6最初期はこの残量表示も出鱈目だったようですがね(苦笑)。その辺のサイトで「移動できました」「駄目でした」と勘違いしているのはこういった事情にも依る所が大きいのではと思う。(またこの辺は、OSバージョンやメーカーのUI変更具合にも依るところかと。galaxyS7のandroid7版なんかはまたちょっと変えてる。)

 まぁ言ってしまえば、ロクに洗練されていない実験的な機能であって。
 過去よくある「作ったので採用してみたけど、すぐに消される」機能の一つになってしまう可能性もなきにしもあらず。

 正直、こういうややこしい事情を乗り越えて使うよりも、素直に本体メモリの多い端末を買う方が早いとは思いましたよ。
 そもそも外部SDカードってのは、
 ・Android4.4で一般アプリの書き込み権限をシャットアウト(5で直す)
 ・google謹製の端末では採用例が無い
というgoogle自身が切り捨てる気満々の機能なので、お察し下さいというところ。

 うちは16GBでバッテリ初期不良という残念な端末を抱えているので、駄目元の実験として行ってみたわけで。今のご時世、32GBくらいから積んでおけばKindleを使う分には問題ないんじゃないかというところ。

 そんな訳で、こんな機能で足掻くのも一時的な話に過ぎないよねと。
 そもそも正直、別にローカルに何でもかんでも溜め込んでおくまでのものもなくて、ネット接続が前提でクラウド上でストリーミング表示すりゃいいんじゃないのという物も多い。

 Kindle Cloud Readerが正にそれなんですけども。残念!、Kindle for PC同様、いつまで経っても「コレクション」機能に対応しないので論外。
 所有書籍を一覧でどばーっと表示するだけの手抜きUI一本、というのは今の時代の趨勢とでも申しますか。漫画タイトルごとにまとめたいという需要はこと日本国内の事情というのもあるとはいえ、せめて作家別にまとめるくらいしろとは言いたい。仕方ないのでコレクション機能で手動で振り分けないとお話にもならない。
 このコレクション機能不在というのもあって、未だにAndroid版は外せない。
 ついでにいうとスマホ(Android)端末からはアクセスさせてくれません。UserAgentで弾いているだけなんじゃないかとは思いますが。

 で、一方アプリ版Kindleも、最近は一括DLではなく、ストリーミング的なロードを行うように改修してるみたいだし。もうね、手元に置いておきたいもの(お気に入り)と、ネット経由で都度ロードすればいい(キャッシュ運用)ものとを分けてもいいんじゃないかと思う。キャッシュ最大量を決めて、古いものから勝手に消していってくれるとか(お気に入りは消さない)。まぁそんな便利機能をamazonが以下略、ってなことにはなりますが(苦笑)。
 ソフトウェアなんて今時「出来るか」よりも「やるか」どうかの問題なんで、手を掛けるべきところに手を掛けない(予算をつぎ込まない)、ソフトの軽視っぷりが疑問でならない。まぁここの話は、、、いいか(長くなる)。
 APIか何かで公開して3rdにUI作らせてくれりゃなぁとつくづく思いますよ。あるのかな、ないよね。。

 まぁ今は長い長い目で見ていくしかないのだろう、ということで。