Transformers5

 さて、振り返ったら何と前回のTransformersカテゴリが2年前で途絶えているではないですか。
 トイを取り上げなくなったのもあるけど、実際個人的に下火になってるんだよね、というのをまざまざと見せ付けられてしまった形。
 いや一個でかいネタはあるんだけどね、と絶賛放置中だった物を思い出す所存。(ああそっか、いっそ映画ネタと一緒にやるつもりだったんだと気付いて手遅れ)

 そんな訳で遅ればせながら、
 TF実写映画5作目「トランスフォーマー 最後の騎士王 (The Last Knight)」の感想と行きましょう。
 と言ってもいつも通りの「ベイつまんね」の話にしかならないんですけどね。
 公開早々にファンがdisってしまうと、ただでさえ世界的に落ち込んでる興行収入に悪い影響が出るので少し様子見しておりました。

 なんてのは勿論真っ赤なウソでして、最近の慣習でおもろくない話を上げるにはついでの切っ掛けを作る、というのがありまして。始めたはいいけど、なかなか腰も重くてですね(とほほ)。
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 うん、まぁ、うん。俺にはロボはまだ400万年くらい早そうだ。
 正直、箱360クラスのポリゴンですら満足に脳内トレースできない自分が、レンダリングに何時間掛けてるんだよってな最先端の高密度CGをトレース出来るか、というよりもするのが辛いという感じで、元々精密な再現は放棄していたのは実際。
 どういう塗りを目指したもんかな~、という次元から抜け出せてないレベルから、ぐっちゃぐっちゃと筆でぬったくる習作レベルということでご勘弁下さい。(絵柄もただの模写です)

 という訳で以下、いつも通りのパーフェクトなネタバレとなりますのでご注意をば。
 もう空いてるだろうしね、こんなもの読む前に早く見に行ってせめて興行成績残しましょうね(ぉ)。

 しかし前作の感想を見返したらえらい勢いで語ってますね。
 今回はこういう元気すらなくすレベルで、本当に一言で言って「つまらない」。
 何が悪いって、とにかく「見所がない」。映像作品としてもTFとしても、どちらの意味でも。

 事前に知り合いの知り合い(海外)からの又聞きで「ロボットアクションを見に行ったのに、ウダウダした話を見せられただけ」とは聞いていて、当初は真意も計りかねてはいたけれども、結局のところは文字通りだった。
 今回はいつも通りいつも以上に人間主人公の人間パートを軸にプロットが展開されて、たまに挟まるTFアクションも早々に畳み込まれるだけのあってもなくてもいいような挿入。
 せいぜい人間大TFの執事コグマンを「撮影上」便利な存在として同行させるだけで、もちろん役所はいつものありがち基地外キャラ担当で、これこそ居ても居なくてもいい。挙げ句にヘッドマスターという唯一のそれらしい要素すら未使用に終わる体たらく。ホント「一応TFという種族は出てるよね」という言い訳のためだけの存在。
 CMで煽った敵役としてのオプティマスのご乱心(洗脳)も、最後に思い出したかのように現れては早々に洗脳も解けてご先祖様に怒られるだけという、サプライズもカタルシスもないお粗末展開。
 ぶっちゃけ、TFシーンなんざ全部取っ払って敵性宇宙人クインテッサの侵略を防ぐ地球人ケイド何とか君の奮闘物語として仕立てても何の問題もない。それこそポスターのオプティマスを主人公に取り替えて「マーク・ウォールバーグ 最後の騎士王」とかいうコラ画像の一つでも作ってやりたい気分。

 本当に「娯楽ロボットアクション」としての一般向けの体裁も整っていなければ、「TFの映画」としての要素すら満足に満たせない駄作だと言われても致し方ない出来映え。(クインテッサとかユニクロンとかのワードさえちらつかせれば喜ぶというようなお粗末なファン心理は自分には無いときっぱり切り捨てる)

 もう少し具体的に触れると、やはりTF者目線で言えば「とにかくTFの扱いのガッカリ感」。
 今回はクインテッサがラスボスなのでTFの出番が減るのはそれも致し方ないのだけれども、元来クインテッサは第三勢力であって、それとオートボット・ディセプティコンの対決の構図は、TF物語である以上は別個に存在すべき。

 てっきりディセプティコンが独自に杖を狙う勢力として動くのかと思いきや、「またか」というレベルでラスボスの尖兵に甘んじるメガトロン。大体お前まで洗脳されてどうすんだよと(明確な言及こそないが明らかにオプティマスと同じ洗脳表現)
 カッチョ良い甲冑風デザインで颯爽と舞い降りるシーンをちらつかせられれば、今度こそ活躍してくれるのかと期待してしまうところ、捕まった捕虜を解放して貰う交渉シーンって、そんな立場で格好付けられてもね。挙げ句欲しい手駒も断られて諦めるヘタレぶり。破壊大帝の名は何処に行った。まともな破壊大帝なら「機は熟した」とばかりに施設を強襲して新生ディセップ結集、の一つくらいやって欲しいもの。ほんと奴はいつになったら「様」の付くメガトロンになれるのか。

 一方でオプティマスはと言えば、意気揚々と乗り込んで行きながらあっさりとクインテッサの尖兵に成り下がる訳ですが、まぁそこは「創造主ならバックドアの一つや二つ持ってんだからしゃーない」とは友人の笑いも取れましたが。問題はその出番のショボさ。
 終盤に取って付けたように現れて、ちょっと揉み合いのバトルをしてそのまま目を覚ましてしまう程度の短い洗脳。それでもって「お前何やってんだ」とご先祖様に袋叩き。何処のバカだこんなクソ脚本書いたのはというレベル。出てくる意味も洗脳された意味も何もない。
 主役級が悪堕ちして戻ってきたともなれば、もっと序盤から敵として暴れさせてこそ終盤の改心(と折檻)が引き立つというものだろうに。
 それこそ前作4で仲間を酷たらしく解体されるという、人類との溝が確定的となったオプティマスがネメシス・プライムとしてその人類(特に米軍)に立ちはだかるともなれば、前作の胸糞シナリオも少しは引き立つであろうに。
 まぁあの鬼神オプティマスが本気で暴れ回ったらそれこそ全員皆殺しの憂き目に遭いそうですが、そこでメガトロンをぶつけるってなものなのではないかと。ともすれば劇中ああもあっさりと撃退されてしまった情けないディセプティコンも、少しは見応えのある戦闘の一つも出来ただろうに。
 その間に人間&オートボット残党は辛くも逃げ延びる、というプロットでも良かったんじゃないのかなぁ。

 というように、昔から雑なシーン展開にああだったらこうだったらの修正案はあったけれども、だからこそ小説版で補完することで溜飲を下げてきたりもしたものですが(ただ4以降は出ていない)、今作はもうプロットレベルから「ああだった方がこうだった方が」の悔恨ばかりで。
 要するに「作り直しを要求する」ってなもんですよ、こんなの。
 いや話としては先に書いたように「マーク・ウォールバーグ 最後の騎士王」でまとまってるんですよ。逆に4程のとっちらかりもない。ただ本当に、その内容が誰得なのと。

 まあ、TF作品として出来が悪いのはいつものことなんですが。
 しかし今作は娯楽映画としても出来が悪いので、いよいよ「マイケル・ベイが本格的にやる気をなくした」というのが如実に見て取れる内容だった。

 前々からベイには降りろ降りろと思っていたけれども、興行的な話もあるしそれで惰性で続けられた結果がこれだと思うと本当にやるせない。いつかは起こり得た事だとも言えるけれども。
 そして案の定、興行収入が前作の半分近く、ともなるとね。もっともこれは前作の影響もでかいとは思うけれど。前作はそれこそ話が一般向けにも胸糞の部類だし、それで離れられても無理はない。

 毎度毎度「お祭りだからね、仕方ないね」で何のかんので付き合ってきたつもりだけど、今作はお祭りにすらなっていないので。それどころか「次回開催大丈夫なの?」という不安ばかりを残す結末。

 この点、今まではベイが元のプロットを好き勝手にひっくり返したからという所に全責任を押っ被せてきたものだけれど、4,5については正直、ベイに渡した脚本の時点で駄目だったんじゃないかという思いの方が強い。特に今回はベイのやる気も無いので「そのまんま作ったけどやっぱクソだったね」みたいになっていないかとすら思う。

 実際、その脚本担当が(おそらくは業績不振から)降りているという話もあって。ああやっぱ戦犯はここに居たのかなという思いが強まったところ。
 そういう意味では、戦犯が降りたのなら今後にワンチャンはあるのかもしれない。
 特に次回作はバンブルビーのスピンオフ、内容としても前日譚なので、今のどうしようもない状況とも袂を分けられるのでワンチャンありそう。
(スピンオフはようやくベイ以外がやるらしい。そのまま本編もベイが降りる事を切に望む。ベイじゃないと軍とのパイプが無くなるという話を聞いて、むしろ「どうぞどうぞ」と思っている身。米軍マジいらん。5で復帰してこれもゲンナリ部分。オートボット狩りを見過ごしたお前等がどの面下げてオートボットの前に出てくるんだよと。)

 大体ね、1-3で主要メンバーは殆ど戦死してしまっていて、これがG1みたいに2010メンツに切り替わるならまだしもそれすらなく。参謀クラスが全滅して、かといってサイクロナスもスカージ&スウィープスもいないディセプティコンなんて本当の味噌っかす。そりゃ落ちこぼれ愚連隊みたいなしょうもない惨敗結果にもなりますよ。
 なんで4でリブートを掛けずに続き物にしてしまったのかと。スタッフ以外の全ファンは同じ事を考えているだろうと大袈裟に言ってしまいたい。
 しかも持ち出したネタが、前時代的なオートボット狩りや、今作のガイアユニクロン。前作は胸糞で、今作は実はもう次に期待できないんだよねコレ。

 そう、実のところ一番のガッカリポイントはそこでもありました。
 そもそもガイアユニクロン(地球=ユニクロンだった)自体、一つ前のアニメ版PRIMEで使われたばかりのネタ。当初でこそインパクトもあるネタではあったけれど、これって結局「ユニクロンを復活させないよう頑張る」お話しか作れないので、何度もやるような話じゃない。
 特に実写映画のCGクオリティでのユニクロン再臨を待ち望んでいたファンとしては、はっきり言って興醒めにも程があるんだよね。しかも次回作への持ち越しなんだもの。「もう次は期待出来ないんだよ」と言われて喜ぶ奴が何処に居ようか。

 そりゃさ、真面目に物理を語ると惑星大のTFが近付いたら潮汐力で地球やばいという話はありますがロシュ限界、そこはファンタジーというか。大体、今作で同様のネタやっちゃってますし。半分バラバラになったサイバトロン星が近寄ってきて、触手よろしくその欠片を地表に突っ立てる。ええ、ロシュ限界以前にその衝突でもう地球やばいよね。勿論そんなインパクト描写の一つすらなくただ地表にでかい岩が落ちてきたレベルの絵面でしたが。子供騙しにも程があるんよというチープな絵面に正直ガッカリでした。
 そんなものより俺が見たかったのは、セイバートロン星(サイバトロン星)の月を喰って本星に殴りかかる、惑星サイズの超々超大型巨人の姿だったのですよ。それを地表から見上げる圧倒的絶望感を味わいたかった。

 そしてそれと同時に、実写映画デザインで完全に刷新された新たなユニクロンのトイが欲しかった。元デザインの兼ね合いもあって完全な球形ではなく悪く言えばガワ変形でもあった旧トイではなくて。実写版を通して培われた新たなガワ処理の水準(ほんと身体ラインへの変換が秀逸になった)で作られた最新デザインのユニクロン。
 まぁ「劇中には出ないんですけどね」で記念品は販売されるかもしれないけど、劇中変形CGがないと甘えのデザインにしかならないしね。それこそ旧トイの再販で済まされかねない。

 そういう意味で、「実写映画はトイの起爆剤」として受け止めている自分に取って、「これじゃネタ提供にもなってねえよ!」という怒りと諦めが、今作の感想を占めているものと思います。

 取り敢えず次回作のビーの活躍に期待したいね。
 そろそろいい加減、TFをキャラクターとして扱って欲しいね。

現代版ゴジラ

 前回エントリが盛大な前フリになることに後付けで気付いてしまった時点で今月のミッションは決まっていた筈なんですが、さて(少し前の)連休を活用しようかなという矢先にスマホがぶっ壊れやがりまして。いや、またかよ!と(二代続いて再起不能からの買い換え)

 しかし今は正直色々時期が悪くてロクな候補も上がらない時勢なもんで。ちょっと思うところもあって低コスト路線のZenfone3を選んでみたんですが。まぁ案の定と申しますかね。一応断っておくと「値段それなり」ではありますが。
 元々細かい人間ではあるので、今後の自分のためにも今回気になった点をつらつら書き残しておこうシリーズを展開するつもりだったんですが、結局何を書いても愚痴に収束しそうな気配に流石に萎えてきたというか。次々あれやこれやと発覚する事実に最早、怒りと諦めの同居した苛立ちが隠せない。
 まぁ最近、ブチ切れ金剛ゲージが常にフル充填の一歩手前で止まっているかのような危うさにあるのは正直自覚できてしまっているんですが。もっと出力を上げて楽しく怒れる人間になれればいいのでしょうか、とよく思います(ぉ)。

 そんなこんなの所に、「見た方がいい」と言われながら(隣町まで行くのを)億劫がっていたら公開終わっちゃうよ、ということで「シン・ゴジラ」を見てきたら、正に評判通り、「いや~、良かったなー」と。折角書くならこういう話の方がいいんじゃないかと。

 最初に思ったのは「真面目に作ればここまで出来るんじゃん」と。ほんとこの一言。
 邦画はまるで詳しくないとはいえ、それでもたまに見るものや世間の評判からも容易に想像しうる惨状ではあった。海外からも「日本人はバカなのか」と言われるくらい。「いやもう誰も興味が無いだけですから」「ほっといてるだけですから、勘違いしないで下さい」とか、それくらい邦画の腐敗っぷりには目も当てられない。
 その点、実に潔く駄目なところをバッサバッサと切り落としていったかのような出来映えには感心したというか、作中の「日本はまだやれる」にその思いが込められまくっていたとしか言いようがない。
 あるいはもっと言葉を選ばずに言えば、「これを機にゴミは一掃されて欲しい」と申しますか(酷)。いやほんと一度これくらい言っておくべき。

 またゴジラ映画としても本家日本の面目躍如というか。シンと銘打っただけの事はある。
 個人的にはゴジラは初代が全てで、以後の娯楽怪獣特撮の部分には全く興味がないとは断っておきますが。いやそりゃ自分も幼少の頃は兄貴のお下がりの怪獣図鑑をワクワクしながら眺めていた世代ですけどね。でも「大宇宙ブラックホール第三惑星人」とか、幾ら大衆娯楽路線にしたって子供騙しにも限度があるだろうと。ビオランテなんかもコンセプトが好きだっただけに脚本の酷さにガッカリした記憶があるし。友人と話していて、邦画の癌は「クソな脚本とクソな演出」という話になったけど本当にそう。
 それだけにハリウッドの二作目GODZILLA(トカゲじゃない方のリベンジ版)も興味はありつつも見損ねていたんですが、今回、「あー、これには敵わないだろうな」というか、現代版ゴジラというべきものをきちんと日本から出せて本当に良かったなと思う。

 もっともベタ褒めするだけじゃなくてやっぱり「庵野だな…」って部分もあるんですが、でも「庵野だな!」って良い意味の部分が強いからこそのこの高評価だとは思う。
 やはり難点を挙げると、まぁありがちな「語りすぎのオタク脚本」。台詞が多すぎて字幕にしても吹き替えにしても相当ネックで、海外での評価がどうなるかなという点では不安も覚えるところ。
 玄人に受ければいい、のでは結局は今までのまんまだし。そもそもが説明好きはアニメ畑の悪い癖以外の何物でもない。綿密に見せるリアリティがゴジラのヤバさの演出に繋がっているというのは大きいけれども、そこは綿密な地固めをしつつも、それを簡潔に見せる力量ってのは必要だし、それこそが自分が洋ドラ・cartoonを評するところでもある。
 ここは我々は「庵野だからね、仕方ないね」で済むけれども。中央の一番いい席を取りつつも遅れて来た子連れの親御さんには果たしてどう見えていたのかなぁ。

 まぁでもゴジラの演出は本当に随一。
 「あ、これ、あかんやつや」感が半端ない。ここは流石アニメーター、というところ。
 多方面に遠慮せずに清々しいまでの負けっぷり破壊っぷり。自衛隊だろうが米軍だろうが。
 たぶん庵野としては「怪獣なんだから、勝てないし、壊されてナンボでしょ」くらいの当然の帰結であって、その為には手段は選ばないと。
 結局諸々バッサバッサと出来たのも、「そんなの駄目」「いらない」と庵野が思うままに突き進んだ結果なんだろうなと思う。「スタッフ全員と喧嘩した」というけどそりゃするわ(笑)。

 この辺、作中にある「スクラップ&ビルド」という言葉も、シナリオ上の言葉に留まらず、むしろコンテンツ業界全てに向けての台詞としか思えなかったり。それも普通に考えれば皮肉なんだけども、ごく当然のように思っていそうというか、「悪意なき本音」みたいなのは感じたところ(笑)。

 いやホント、「これを機に」というのは色々な意味で感じたところでありまする。

Transformers4

 さて、なかなか上手くまとまりませんでしたが。
 実写TF4こと「トランスフォーマー ロストエイジ(Age of Extinction)」を見て参りました。
 以下、パーフェクトにネタバレご注意で。でもむしろ見る気のない人にこそ、こういうSF脚本はもうやめようぜって話として見て貰いたいかな。

 いやはや、もう四回目ともなると流石に学習しきっていて、いつものマイケル・ベイのしょうもない映画作りについては別にいいんですよ。どうでもいい人間パートは初見から無関心のままフリスク囓って眠気とバトルすることになったのも想定通り。「あ~、今回もつまらなかったね(笑)」でこともなく済ませて終了、そう思っておりました。
 しかしですね、今回のラチェット他のあの一件は、これはないわと言うか、これをやるなと言うか。
 ただのしょうもなさに劣悪を塗り込めた更なるマイナス補正を味わわされましたよ。

 今回はまたアメリカが何をやらかすかというと、(製作協力を降りた)軍の代わりにCIAが「国防」の名の下に、逃亡中のディセプティコンはおろか無抵抗のオートボットまでもを捕獲し、殺害し、亡骸を兵器開発に利用するという、いわゆるところの生体実験。正に典型的な「やってしまった」級の胸糞なお粗末ストーリー。ましてや、既に一度味方キャラクターとして描いた異邦人に対して行うべき所行ではないよ。
 殺害に関しては映像上では第三勢力のロックダウンが直接手を下していたものの、画面外の他ケースではCIA単独の行動があったと捉えるのは難しくはない。加えて、凶暴なディセップよりも(そもそもここは描かれていない)、直接的な対立は避ける意図のある、即ち捕まえやすいオートボットを標的とし、またオプティマス捕獲目的で利害関係の一致するロックダウンと共謀するなど、正に「きたない流石アメリカきたない」と言わんばかり。(そもそもTFという外敵に対しての軍備強化の為にTFに協力を仰ぐという矛盾は、当のTF・ロックダウンから見て「その程度では屁とも思われていない」ということに過ぎないのだけれどね。半端に喧嘩をふっかけて痛い目を見るだけ。)

 映画としては既に四作目、通算六本も予定していれば一度は人類との衝突もあろうとはいうものの、しかしこれをやったらおしまい、他種族との接触というテーマにおいて最悪の選択肢。
 そもそも前作3で侵略を受けた後のデリケートな状況下で、穏健派・理解派としてのオートボットと手を取り事態の収拾を図る努力はせず(前回までの協力関係は、役者・軍の降板で描きようがないという縛りはあるものの)、CIAの凶行を黙認してしまった米国政府は自らその手を切ってしまった形。大統領補佐が難色を示すという逃げは打ってはいるものの、公的に「オートボット含めたTF全体を危険視」という政府宣伝をしてしまっている以上、言い逃れの余地はない。

 更に言えば、ラチェットの亡骸の解体、熔解の作業現場にて「これはディセプティコンでしょ?」という、現場には知らされていない類の逃げ口上。それを言うなら、敵なら何をしても許されるのか?という話にもなる。捕虜の扱いとして言うなら大戦時以下。
 本当に世界は何一つ進歩していないなと、地球人類はもう滅びるべきだと、ああなるほど、「Age of Extinction」とはこの揶揄なのか、等々と怒りのスパイラルが沸々とわき上がる思い。

 とはいったものの、映像史上で言えば作品パターンとしては何ら珍しいものではない。プラスとしてせいぜいベイのショッキングと書いて悪趣味と読む脚色が加わった程度。(ラチェットもレッドフットもあれはただのリンチ。およそ文明人の所行ではない。)
 ただこういう地球外生命体SFモノの、言ってしまえば典型的且つ安易で安直で最も愚かしい脚本は、20世紀であれば話題にもなろうけれど、もはや前時代的すぎていい加減にしてくれと言いたい。(そういう時代の生き残りの監督だしねぇ)
 大体にして、生体実験という禁忌はマッドサイエンティストのような個人レベルの暴走であればまだ見過ごせる話であって、組織ぐるみ、それも政府機関がという嘆かわしさ。まぁ昔から政府の謀略は定番のネタではあるけど、それこそ批判を受けるべき前時代的な発想という訳で。
 挙げ句にオプティマスの面前で、ラチェットの亡骸を指して「技術探求のため」と人類のエゴを強弁し、「我々はテクノロジーではない!」と本気でオプを怒らせたハゲ眼鏡の彼はその場で握り潰されても文句は言えない。それどころか、大多数の仲間が解体される現場を目撃したその心理状況下でなお、施設は破壊しても工員は逃がす配慮を見せるオプティマスは何のかんので仏ですよ。それに比べて人類と言ったらもう。
 まぁ流石に武器を持たぬものに手を出すほどの無分別さはなかったという話でもあるのか、クライマックスで人間主人公に銃を突きつけたCIAの首謀者には、オプティマスはとうとうその引き金を引いてしまう訳ですが。そこに、今回のオプティマスの地球に対する信念の放棄が見て取れるとは思う。悲しい話。

 そもそもの話として、他のコミュニケーション可能な知的生物との接触、関わり合いというのは、それが存在しない(確認できない)現実では不問とされ、目を背けている問題でもある。
 仮に実際にそのような状況になったとして、弱肉強食の生態ピラミッドで考えるに、どちらが上につくかの競争になってしまうのが道理なのだろうか。
 しかしそれはつまりは戦い、戦争を選ぶということである訳で。
 知恵という強大な適応力を備えた生物同士の争いでは、上下関係を形作る前に滅亡が見えるというのは過去の歴史に学ぶ筈ではなかろうか。
 いやまぁ、それを言ったら何百万年と内戦を繰り広げた挙げ句に母星を崩壊に導いたのが彼等トランスフォーマーなのですが。ただそれだけに、同じ過ちは繰り返せないというオプティマスの強い思いはあった筈(何百万年といっても彼等は世代交代ではなく、開戦前から生き続けて歴史を見ている。生命としてのタイムスケールが違う)。それなのにね。

 まぁこの辺は可能性というか希望として、これまで地球を第二の故郷として切望してきたオプティマスの心が今回完全に失われてしまったことが後に伏線としてきちんと繋がるシリーズ構想があるのだろうかと。
 旧メンバーの刷新(一掃)や、Creatorsの影を追って最後に地球を離れるだけなら、何もここまでやる必要はないもの。地球人類との心理的な対立が深すぎて、確実に遺恨を残す話。
 あるいは、アメリカ(政府及び軍)とは完全に袂を分かったことで、今後はTFと若干名の地球人協力者という旧来のアニメの構造に立ち返ることが出来る可能性もある訳で、そこを期待するのもありかなぁ。

 ただこういった続きの展開を期待する上で、いよいよもってマイケル・ベイがどれだけ適任なのかと。
 鼻くそほじりながら全てをうっちゃってしまいそうで困る。
 そうでなくともただのアクション映画なんてものは一度見れば十分で、それが四度も同じ作りで続けられたのが奇跡。
 これ以上ベイの芸風に期待できるものは無い(個人的には最初からないが)訳で、物語・映像作り両面で、マイケル・ベイの降板を切に希望したい。
 (とか何とか書いたら余計にムキになって続けちゃうのかなー(苦笑))

 さてここからはストーリー面は抜きにしての映像作品面での感想をば。

 今回、軍が排除されたことで戦闘員がTF(と主人公)のみに絞られ、TFの活躍が前面に押し出されることになったのは良かった。
 特にロックダウンは悪役(ヴィラン)として完全に一登場人物の立ち位置となっていて、3から現れていた流れがより強化された点は好印象。
 オートボットの連中も、ちょっと兵器バカではあるものの他の口の悪い面子を諫めるハウンドなど、ただの戦闘員に終わらないキャラクター描写が度々挿入されていた。まぁあの虐殺を逃れただけあってか気性の荒々しい面子ばかりが残って、いわゆるところの赤組(赤いキャラが特にヤバい発言をするのがTFのお約束)ばかりになっていたのは残念だけどね。ドリフトは冷静な武士道キャラと思わせぶりで、度々唐突に暴れる侍かぶれになってしまっていたり、バンブルビーが子供のように怒ったり取っ組み合いの喧嘩を見せるなど、こぞって脳筋ばかりになってしまっていた。ただそれらは実のところ全部ベイらしい基地外演出のせいなんだよな(いわゆるファビョった馬鹿を描けばギャグになると思っている節がある)、ってことでスルーしたい。
 ただ戦闘員ばかり残ってしまったので、オプティマスが宇宙に旅立った今、新たな副官クラスが必要だよね。最初はプロールと言おうとしていたけれど、代理となるとマグナス辺りが欲しくなるなぁ。まぁロディマスも含めて、2010世代参入のフラグが立ったような気がしなくもない。

 ちなみに一方で、今回は玩具も含めてディセプティコンは完全に影が薄い。
 軍が退いたことで兵器が出せない話もあるにはあったけど、今回はどれもこれも車になってしまって、我々ファンはスタンティコンネタとして取れるからいいけれど、一般的には両軍の差が分かりづらくなってしまった気がする。まぁ次回の再起に期待したい。ガルバトロンってことはやはりサイクロナスとスウィープスだよね。軍もいらないから丁度いいか。
 それよりも気になるのは、今作で人造TFとして生み出された(当然の如く乗っ取られた)彼等は、従来の構造変換ではなく分子レベルで分解・再構築を行う新たなTFとして描かれたこと。これはもう何て言うか、トランスモーファー?(笑)(<パチモノ映画の題名)
 もう既に飽きちゃったであろうベイが新たな映像表現として考案したのだろうけど、それをやっちゃうともう何でもありだし、本来の構造変換立体パズルとしてのTFの在り方が損なわれるばかりで、正直なところ不評。
 変形の見せ方と言えば、実はトリプルチェンジャーだった驚きのドリフトも、シーンごとにヘリになるか車になるかのどちらかでしかなく、観客は混乱するばかりだったと思う(自分ですら??となった)。最初の内にヘリから車に直接遷移するシーンを描けなかったのは大減点。

 ここまでノリで書いてしまったのでついでに触れておくと、ダイナボット(旧ダイノボット)は、恐ろしいくらいにオマケでしたね(大笑)。
 何かもう話題として入れましたというだけで、新勢力Creators配下のロックダウンと、これですらオマケのガルバトロン以下ディセプティコンの新生が話の軸。更にダイナボットまでとなると完全に余剰。まぁ戦闘ではそれらしく暴れ回ってましたけど。「オレ(ME)!~」の伝統すらないしなぁ。
 あと国内名称が発音重視でダイナに改称されたらしいのですが。これはそもそも「ティコン→トロン」のような改名ではなくカタカナ表記揺れの問題だから、ダイノのままでも良かったんじゃないかとは思うけどね。まぁ頑張って慣れてみようとは思いますが、正直ちょっと言い辛いかな。

 でもって、今回の黒幕として正体は次回へ持ち越しとなったCreators。
 これはユニクロン、あるいはクインテッサか。私的には後者を期待したい。(冒頭に触手状の腕が見える情報もある)
 そもそも個人的には正直なところ、現在主流となっている創造神プライマスと破壊神ユニクロンの設定はあまり好きにはなれない。G1アニメ時代の思い入れというのもあるのだけれど、そもそも神として上が決まってしまうと、その時点で世界が閉じてしまうんだよね。世界が狭くなる。
 G1アニメ設定の好きなところは、(何も考えてなかっただけだけど)、ユニクロンを作り出したのはプリマクロン一個人だという、実に豪胆な世界観。それは即ち、この存在が唯一のものには留まらないことを示している。
 宇宙の何処かにはまだこんな天体クラスの生命体が平然と存在しているかもしれない。自分にとってのユニクロンは、そんな「宇宙すごい」という憧憬と畏怖の担い手としての存在なのですよ。

 Unicron Themeはいつ聞いても心が震えるね。

 それはそれとして、常識的に考えて6のユニクロン来襲はもはや確定事項と言っても良いので、その前段階として5でのクインテッサ登場に期待したい。
 冒頭でロックダウン配下の残党かなんかを前に、「無罪である」「ではシャークトロンの餌に」はお約束だよね。

 因みに今回、ちょっくら2chスレを覗いて一般の反応を眺めてみたのですが。
 胸糞展開は快く思われていないもののトータルとしてはそこそこ好評なのかな。TFの活躍が増えたのは確かだしね。
 一方で、2が思いのほか高評価? 逆に3が安定して大不評な感じ?
 私的には2で落胆した後に、3で巻き返した記憶はあるのだけどね。
 2は当初は確かにキャラ増量でお祭り度合いは増したものの、デバステーターの不甲斐なさ等、蓋を開ければガッカリな扱いが多く、冷静になって振り返ればゴールデンラズベリー賞を取るだけの散々な内容であった事が、当時の雑記にも表れていた。
 一方で3は、、、あれ?よくよく思い返すと小説版の記憶で埋め尽くされているような(笑)。映画は確かに映像的な見所もなくクソだったかもしれない。ただセンチネルを中心にTFの思惑が絡むような、キャラクター(登場人物)としての扱われ方が出始めたのはこの頃。そしてそれを補う形で小説版ではTF視点での描写が多数盛られていて、ラストも異なる作り。それまでとは異なる満足を得ていたのは確か。

 この点、4も同じく小説版で不満点の解消及び、満足点の強化を図りたいなと思ったのだけれど、帰りに書店に寄っても売っていない。それも最近やる気のなさが内輪で囁かれているハヤカワの問題ではなく、そもそも本国でも刊行されていないようだ。何という。
 まぁ今日日、活字はいよいよ流行らなくなってきたのかなぁ。うーむ、無念。
 いよいよもって、映画本編での次回作以降の出来の良さに期待するしかないではないですか。

GRAVITY

 昨今の個人的映画ブーム?の影響という訳じゃないのだけど、たまたま巡り合わせがあったので「ゼロ・グラビティ」を見てきた。IMAX3Dで。

 これでもかって言うくらいの3D宇宙映画でした。

 うん、劇場を出て最初の会話が「いやー、全くと言っていいほど語ることのない映画だったな」と(ぉぃ)。ほんと。いや、映像以外の内容については、ね。
 冒頭シーンのPV一つの他は事前知識なしに見たもので、ここまでアクション一筋の映画だとは思ってなかったのですよ。実際は、あくまで「本格的な無重力空間表現に挑戦した映像作品」。原題”GRAVITY”に象徴されるシナリオは、それを必要最低限支えるためのお話。やりたいことを実にシンプルにまとめた良作品。
 故に「こわい、宇宙こわい」「地球まじで天国」というのが、重力の井戸に魂を何とやらの一庶民としては実に単純明快な感想だと思いまする(笑)。

 っていうか昨今、CG処理ばりばりの演出映像は何も珍しいものはなく、そこに来て「今だからこそ無重力に挑戦!」ということなのだと思う。何だかもう「(映像として)やることやっちゃったよね」感はあった。
 しかしあまりにも徹底した無重力表現(体感したことのない素人目には最早本物としか思えない)っぷりに、一体どうやって撮影したのか、下手したら身体もCGなんじゃ?とか疑っていたら、何てことはないワイヤー宙吊り撮影だったそうですよ参考。宙吊りどうこうよりも撮影装置の工夫が大きいようで。そういえばベガスで見たシルク・ドゥ・ソレイユもバカでかい舞台装置で90度倒立アクションシーンなどとやっていたのを思い出す。

 因みに当初は「これこそ3D処理のゲームが先を行ければ良かったのにね」と思いながら見ていたのだけれど、見続ける内に「これ計算量半端無いわ。やっぱまだプレレンダリングの世界だわ」とちょっと思わされてしまったりも。「Shuttered Horizon」でも情景のリアルタイムレンダリングだけで手一杯だったものね。
 まぁその内、この映画に触発された無重力空間探検アドベンチャーが出てくるのを首を長くして待ちたいと思いまする。

 いやはや、それにしてもロシアの風評被害が半端無いシナリオでした(笑)。せめて自国内のミスにしときゃいいのに。その方が直接怒られるのがまずかったのかな。

スタートレック映画

 さて、ちょっとだけ日も経ったけどこれは書き残しておこうシリーズ。

 CSの年末特集でスタートレックの映画版を全て見た。
 これでスタートレックの映像作品は全制覇できたことになるのかな。
 既に懐かしさも伴うけど、やっぱトレックは面白いな。毎日一本、帰宅後の視聴で充足して一日が終わりを迎えていたあの頃(遠い目)。

 TOSの頃(1~6)は当時本放送でやりきれなかったものを劇場版でグレードアップして再挑戦した良い映画作品だったと思う。あの頃が一番輝いていた感。その点、TNG以降の本放送で既に諸々掘り下げられ世界観も広がりきっていた終盤では、流石に失速感が大きかったとは思う。
 終盤二作品(と5作目)は以前にDVDで借りて見たことがあったけれど、9は「びっくりするくらいの二時間TVスペシャル」(よく言えばマイペース)、10は「すっかりハリウッド映画化」、とあまり良い印象は残っていなかった。ただ改めて見返せば出来が極端に悪かった訳でもなく、言ってしまえば「劇場映画としての無難な落とし所」の印象が強かった(内容の無さでいえば最新作into darknessも良い勝負だと思う)。諸々の不満や不足は感じるけど「これ以上話を広げてもマニアックになるだけ」という、ファンとしての見方になりがち。勿論、「トレックでそんな凡作をやらないでくれ」という批判はあればこそ、結局は10作目をもってして幕切れとなった訳だからね。

 いやうん、昨今の洋ドラの高い品質を見るにつけ、「この製作論法でまたトレックが見たいなー」と思っていた自分が居るのですが、改めて考えるともう「(作り手にとっても)足枷の方が大きいマニア向け作品」になってしまうのかな、とも考えてしまったり。
 それ故のリブートではあるんですが、それでも全くの0から始められる訳じゃないからね。にんともかんとも、分かりませぬ。

 まぁそんな話はともかくとしても、やはり一ファンとしては懐かしかったね。
 何が面白かったって、TV版では吹き替えで見ていたので分からなかったチェコフの物凄い訛りっぷり(笑)。リブート版でもすっかりネタにされていて微笑ましかった。
 あとは10作目のクレジットを眺めていたら「Wesley Crusher」と出てきて「!!!!?」と心底驚いた。お前生きてたのか!と(笑)。いや生きてたというか高次元(?)の方に誘われて精神探求の旅に出たまま、永久に現世には戻ってこないものかとばかり。確かに見返してみると結婚式に参加してた。きちんと主賓客扱いで。ああ、キャプチャ撮っときゃよかった(笑)。
 因みに彼の役者本人ウィル・ウィートンは、ユーリカで結構目立つサブキャラで出てきていたのだけど、言われるまで全く気付かなかったということもあり(笑)。「日本ではあまり知られていないが、現在でもコンスタントに映画・テレビに出演している」の文が何とも言えない味。お元気そうで何よりでした。キム少尉(の役者)なんてページもないというのに(笑)。

マン・オブ・スティール

 最近は何だか映画ばかり見ているかも。
 まぁ一時の勢いというのもあるのだけれど、CSの年末年始放映ラッシュからこっち、ちょこちょこと気になったものを録るようになった感じ。

 でもって前々から気になってはいた「マン・オブ・スティール」を見てみた。(流石にCSではまだやってないのでレンタルというかオンデマンドで)
 うん、良かったですよ。

 ネットの評判を見るに古典的なイメージの明朗快活ヒーロー活劇を望んでいた人には不評のようだけれど、自分は’90年代のcartoon(アニメ)のイメージが主なので、その限りでは特に違和感もなくむしろ期待通り。スーパーマン(カル・エル)のオリジンから語り出せばああいった命題が生まれるのは当然と言えるし、それこそ近年何処でもやっている「ヒーロー物の現代アレンジ」として見ても良い案配だったと思う。
 まぁリアルに語ってしまうと、それこそ人外の力が凄まじすぎて「これもう地球人じゃ敵わないよ」とばかりに半端なヴィランは持って来れなくなってしまうのが難点かもしれない。相手になりそうなのはブレイニアックとダークサイドくらいのものかと。それこそ地球外生命体の侵略の話ばかりになってしまうし、特にダークサイドは重い話になっちゃうからなぁ。
 それもあってか次回作では早々にバットマンとのコラボになるらしいけど、ジャスティスリーグに向けての布石もあるので致し方ないかなと思う。ただでさえDCコミックを牽引する商業的立場が大きいし。それこそ「バットマンで好きにやらせてやったし、グリーンランタンも不発だったんだから早くしろ」としか思われてないと思う。

 いや個人的にはダークサイドの話は凄く好きなんですけどね。自分の中ではあのニューゴッズ編の話あってこそのスーパーマンの作品イメージ。
 作中の度重なる侵略で、目の前で知人を殺され、地球はボコボコに侵略され、自分も洗脳でその片棒を担がされ、と公私共に悪逆の限りを尽くされた上に、どうにかこうにか追い詰めて解放しようとした(圧制下の)民はそれでもなお神に尽くすという、己の無力さをとことん味わわされた相手。ぶっちゃけスーパーマンの正義が完全に負けた相手。
 結果、もはや「殺るしかない」と禁断の答えに手を伸ばしたのが続編ジャスティスリーグの一篇「正義の夜明け」。他に解決の手を見出せない己の弱さに対する怒りも含めてのあのブチ切れっぷりだったんだろうな、などと思いながら見ていたものですよ。あれだけ見るとドン引きだけど、前提を知っていると見ているのも辛い。
 そもそもヒーロー物で「悪をどう止めるか」ってのは実は重い命題ではあるんだよね。バットマンなら取り敢えず捕まえてアーカムに叩き込めば解決するし、ついでに言えば適当に脱獄させて続編も書けるしで、幾らでも都合良く収まる世界だけれど、大抵のヒーロー物では逃げ帰ったり爆発やらに巻き込まれて生死不明で誤魔化すのが関の山(要は御都合主義)。そこに来てこのダークサイドという大物は「止めない限りは終わらない絶対的な悪の侵略」なので、そんな相手に「異能の力を人助けに」などと考えていただけの田舎育ちが果たしてどう向き合えば良いものか。
 そもそも言ってしまえばスーパーマンというのは、ルーサーという社会悪一人いつまでも止められないヘタレですからね。政治力が全く無いので「悪徳行為を水際で阻止する」以上にいつまで経っても踏み込めない。ましてや「手を下す」道を選んだパラレルワールドの自分に「力の支配」という過ちを見せ付けられてもいるし。ダークサイドとの対決ってのはその一歩手前で葛藤している状態だよね。
 まぁそんなものばかり書いてたらそれこそネガネガな話で客受けが悪いばかりですけどね。
 ただ、御都合主義の先にはこういう話もあるよね、という意味で好きなんだよね。別にリアルだから格好良いじゃあなくて。そういうことを考えてみてもいいじゃないと。

 ともあれ、ここで少しネタバレ込みで本編に触れておくと、
 まず一点批判すると、あの本家親父の「お前が導け」系の言動は疑問だった。訳の問題なのか、もうちょっと何とかならなかったのかと思う。精一杯解釈するならば、彼も結局はクリプトン人だったということかなぁ。そこまで盛り込んだとも思えないけど。
 後は、スーパーマンがまるで人助けもせずに街中で戦う点は、確かに気にはなった。せめて人助けに入ったところを殴り飛ばされるシーンの一つでもあればそれらしかったろうに。ただ強いて言えば今の彼はまだヒーローになる前の段階。人助けは最後の、地球人を助けるためにやむなく同族の首を折って止める(そして慟哭)、というシーンに集約されているのだと思う。これは先程の話にも繋がるところで、この苦渋の選択を持ってしてスーパーマンというヒーローの成り立ちに繋がっていくのだろう。その意味で一通りやることはやったなと、爆発エンドという安易な終わりでなく良かったと思うところ。

 そしてこの先ヒーローを束ねるJLにまで持って行くには、ルーサーとの対決で自分に足りない物をブルース(バットマン)に補って貰って、という流れになっていくんだろうな。クリプトナイトという最大の抑止力が出てないけどどうなるんだろうね。

SF洋ドラ近況

 年末進行の季節がやって参りましたね。
 いやぁ、、、今年は、大掃除すらしないで終わりそうで怖い。なんかもう積みamazon箱の山が酷いことになってる気がするんですが。いや忙しい訳でも何でもない筈なんですけどね。「筈」ってなんだよと、突っ込まれましたよ。

 さておき、いやぁ「FRINGE」(CSでシーズン4)は相変わらず面白いね。
 これと、cartoonの「ヤング・ジャスティス」に息抜き要員の「ベン10」を金曜夜に見た時点で充足して一週間が終わりを告げてしまう感が半端無い。土日はどうしたは禁句。

 昨今はSF以外でもよく見掛けるようになってきた、時間改変や別次元などのいわゆるパラレルワールド展開。その洋ドラ版ともなると俄然盛り上がるというものでして。
 この「FRINGE」ではメインキャラのピーターが過去に死亡済みの時間軸(時空)でのウォルター(父親)の孤独感と憔悴を描くところから始まって、「あ~早くピーター戻してあげて」と視聴者に思わせる描写もなかなかだなと思って見ていたけれど、そのまま自責の念ですっかり殻に閉じこもってしまったウォルターを立ち直らせる為に別次元の奥さんを引き合わせるという展開にはなかなか痺れましたよ。何と言っても「目の前で息子を連れ去って結果死なせた張本人」であって、もちろん複雑な要因があることは理解しているとはいえ、「もう会うこともないと思ったけど」の台詞が物語るように、心中を察するにあまりある再会。とはいえ決して棘の立つ展開ではなく、別次元では国防長官の奥様という立場だけあって相当できたお方ならではの、慈愛に溢れた説得という感じでしたが。ただまぁ如何せん、声のお陰で引きこもりウォルターを診るカウンセラー・トロイ以外の何物でもなかったとは、つい付け足させて頂きますが(笑)。
 ともあれ、こういった今シーズンの「別の時間軸」をキーにした話はこれに限らずエピソードの各所に巧みに織り込まれていて、それらを見るにつけやはり、このテーマを元に発生する数多のアイデアを抱えた上で、ここぞという所で組み合わせて用いる脚本構築のうまさというものをつくづく感じさせられる。

 因みに洋ドラでのパラレル系の展開といえば、最近記憶に新しいのは「ユーリカ」。あれはシーズン4冒頭で過去の時間改変で書き換わった現在に舞い戻ったところで、それがそのまま新たなシーズンの舞台になるという展開に「あ、戻すんじゃないんだ?」と感心した思い出。そしてこのFRINGEでもシーズン3での「(対立中の)別次元の話」(「まとも」なウォルターのおっかなさが半端無い)から、シーズン4での「書き換わった時間軸の話」と毎回趣向を変えつつも、まぁ要はやっていることは「別の可能性の中で話を作る」ということだよね。
 これが実のところ、洋ドラのシーズン間のマンネリ回避にも都合が良く、ユーリカではむしろそこで「これがSF流テコ入れか!」と当初は笑わせて貰ったりもしたくらい。都合の悪いところもリセットできたりと便利アイテムの側面も決して否定はしないけど、ただきちんと落ち着くところは落ち着かせる、その話作りの素材としての用途がやはり主であって、うまくパラレル要素を使いこなしているという印象を受ける。
 要は、「どう設定を変えて書いてもうまい」の一言。様々な可能性を媒体にしてよりキャラクターに深みを与える、いくら条件を変えてもぶれない部分はぶれないうまさ。

 ああ、ユーリカ最終シーズンも見ないとなぁ。ユニバーサルチャンネルの日本撤退は何気に痛かった。あのB級SF満載っぷりは実に貴重だったのに。

地球最後の日に

 さて、マヤ歴最終日を迎えた本日ですが皆さん如何お過ごしでしょうか。まぁいつも通りですよね(ぉ)。
 かくいう自分も相変わらずの平常運転どころか未だ胸のエンジンの火の付け方が思い出せない毎日ですが、やっぱSF分が足りないよなー、というところに丁度始まったCSの「ユーリカ」のベルト放送。シーズン3からしか見ていなかったので1・2も抑えておきたい。(3話見逃してしまったけれど)
 最先端の極秘研究を行っている研究所とその町を舞台に繰り広げられる「本格SFサスペンスドラマ」、というその謳い文句を見た時点で笑いがこみ上げる、というか動画の時点で既に「おかしい」と自ら語っている、そんなコメディタッチのドラマ。毎回スゴい発明が披露されて毎回とんでもないトラブルが起きる、とてつもなく危ない研究所としか言いようがないのだけど、まぁトレックなんかでもしょっちゅう無茶苦茶なトラブルに見舞われているので、科学に危険は付きものと認識されているんですよきっと。
 んで毎回その凄い科学技術にそれなりのそれっぽい説明もついたりする訳ですが、理屈が通る以前にそもそも視聴者は知ったこっちゃないというのを門外漢の立場の主人公カーターが代弁しているので、ヘンリーその他技術陣が「つまりはこういうことだ」と手短にまとめてくれるその案配にいつも安心する。この辺、「FRINGE」もそうだよね。ウォルターが訳の分からないことをまくしたてて「そんなことも分からんのか」と言わんばかりのところを、ピーターが実に分かりやすくまとめてくれる(いやまぁウォルター自身が分かりやすく例え話をしてくれることもあるけどね、ピーターの相の手などの仲介要素は大きい)。まぁどちらもおよそ説明も出来ないレベルの科学ばかりだというのあるけれど、それ以上にドラマとして必要な一線をわきまえた講釈に留めているというのが大きい。1時間もあればじっくり蘊蓄を垂れる時間もあるだろうが決してそんなことはしない。SFだから小難しい理屈を通しきらなければいけないなんてのは愚の骨頂で(それも悪くはないけれど、それが出来るのは超一級の作家だけ)、ちょっとしたSFネタをベースに話を楽しませてくれればそれで良い。ハルヒもそんなつもりで見てみたんだけどね、っといや何でもない(ぉ)。

 ともあれ、ユーリカはまぁ基本コメディ色の強い「アホおもろい」ノリではあるけれど、結構真面目な回もあって、最初に見た第4話は「短期記憶を消去する機械」を夫に使われ「研究の完成等、人生の重要なシーンをことごとく書き換えられてきた」女性研究者の話だった。無茶苦茶重いじゃんよ(笑)。
 短期記憶・長期記憶の仕組みと言えば生物学的な構造になる訳だけど、そういやロボット、いわゆるアンドロイドなんかは同じ構造を取るのかなぁと。人間を模す必要性が高ければ(丁度先日のFRINGEのシェイプシフターみたいに)それもあるだろうけど、単純に一機械として見ればわざわざ録った記録を消すのも勿体ない話だよなーと思いつつ、でも記憶容量のことを考えたら馬鹿にならないなとも思ってみた。数年ならまだ大したこともないかもしれないけど、人の人生と同じだけでも相当量になるし、たまにある何千年前から生きてたロボットなんて仮にハードが保ったとして実は記憶容量ヤバいんじゃないのと。データ容量が嵩めば嵩むほど検索等の広域的なアクセスがとんでもないことになるし、google先生がやっているような高度のインデックス化技術も何処まで通用するか。結局、適度に物忘れしてしまうのが良いのかね。などとしょうもないことを垂れ流してみる(笑)。記憶ネタも楽しいよね。

 そんなこんなと考えながら本屋に行ったら丁度「シドニアの騎士」最新刊が売っていて(androidアプリでチェックしていたけど最近調子が悪くて全く気付かず)、程よくSF分を補充出来た地球最後の日でありました(まだ言う)。

久々に見た

 「jackass」という知ってる人は知ってると思う(どれくらい有名なのか知らない)番組の映画版?が何と丸々youtubeに上がっていたので見てしまった。
 随分昔に見せて貰って、ひどい番組だという記憶はあったけど、改めて見るとホントにひどい(笑)。
 いや、「これを見て明日も頑張ろうという気持ちになる」と言われたのが当時はぼんやりとしか理解出来てなかった気がするけれど、今なら物凄く分かる気がしますよ。昔はまだ若かった。

 まぁどんな内容かって、いい年こいた大人がひたすら無茶苦茶なことをやって皆で笑ってるだけなんですけどね。ただ皆とっても楽しそうに。だからゲラゲラ笑いを取るというより釣られて笑わせてくれる感じ。
 でもってそのやっていることというのが、まぁ訳の分からない思い付き(とか痛いのとか)もいっぱいあるけれど、中には「誰にも怒られないなら一度ちょっとやってみたい」ような物もあって、何と言うか男子の悪戯心を揺さぶられると申しますか。これは以前触れたことのあるWill it blend(なんかミキサーが新しくなっとる(笑))と同じノリで、とても自分じゃ出来ないような遊びを代わりにやってくれる代行遊びみたいなもの。そしてあれも素敵なスマイル。重要ですね。

 あー、俺も一度でいいからバイクで川にダイブしてそのまま乗り捨ててみたいなー。
 ふざけたことを考えてはみても度胸と理性が付いてこないタイプ。物事の評価のフェーズにパラゴンMassEffectが混じっていると言われた今日この頃です。

Star Trek Cybertron

 さて。
 もう延び延びとか言うレベルじゃねェ~~、ってなもんですがこの話題は記録に残さざるを得ない。
 ということで一ヶ月くらい時を遡って見て頂けると幸い也。

 「トランスフォーマー ダークサイドムーン(Dark of the Moon)」
 例によって今回も字幕版・吹替え版ともに押さえてきた。今回初めての3D映像をじっくり見返したかったので吹替え版は丁度良かったし。まぁ二回分払う程の内容かと言われるとあれだけど、それどころか結局三回行っただなんてとても言えないな(ぉ)(いやまぁ某氏を連れ立って)
 ともあれ、今作はTFの台詞が増えたことで、ああこれはあの人か、あれは~~と、近年Cartoonから洋ドラにまで染まり始めた自分にはいい感じに声優エンジンが働いてキャストが分かってしまう。
 そんなところに現れたホイルジャック(キュー)。
 流石に阪脩爺さんは引っ張ってこないよなぁ、って、こ、これは、、、
 「オブライエン(の中の人、キター!(大歓喜)」
 よくよく思えばウィーリーの中の人もちゃっかりノーグ(後期)じゃないかと。
 これはヤバい、DS9のTF感染率がいよいよ半端無い(笑)。

 もう一点スタートレックネタと言えば、センチネル・プライムは原語版で声を当てていたのがスポック役で有名なレナード・ニモイだったので、中の人がウォルター菅生隆之だったら個人的にも出来杉君だったのだけれど、流石にそれは望みすぎだった(笑)。でも実際に声を当てていた方も大変良いお爺さん声でした。
 今回、TFの声のエフェクトを弱めて普通に話すようになったっぽいね、それでキャラらしさがより一層出たのかなと思う。

 次の課題(え?次?(笑))はあれだね、Decepticon側の台詞(会話・雑話)の強化だね。
 やっぱりジェットロン軍団は必要だったんだなと。数の上で。