期待するなと分かってはいても

 さて、TFムービー2の小説版を読んでみた。
 案の定、土日の外出の移動時間で粗方読み終えるくらいの内容の無いスカスカっぷりでしたが。正直な話、読みながら段々馬鹿馬鹿しくなってきたくらい(苦笑)。所詮、映画版のプロットそのままに描写をちょろちょろ変えた程度で何が良くなる筈もなく、それだけ元からしょうもない話だというのはある意味自明な訳ですが、映画視聴前に頑張って掛けた自己暗示が解けてしまうとこれだけ腹立たしい出来なのだと、改めて思い知る羽目に(苦笑)。
 そもそもあんな映画(脚本)のノベライズに手を出す時点で大馬鹿者だと言われてもしょうがないんだけど、まぁ一ファンとしては映画で不足していた部分を補いたいという心情はある訳で、それが丁度「TFの台詞の少なさ」だったものだから、文字ベースの小説版なら水増しがてら強化されていないかとついつい期待してしまう訳ですよ。更に具合の悪い事に、前作の時は前日譚の方がそこをそれなりに補填できる出来映えではあったんだけど、そう言えばもう一冊のノベライズ版の方は普通にどうでもいい出来だったのをすっかり忘れていたと。結局、今回のこれも同じく「どうでもいい」出来でした(苦笑)。所詮はノベライズ。

 勿論、大筋の展開は全く同じでも細部の描写は違っている訳だけど、結局そこも「どっちもどっち」の次元でしかなかったのがまた痛いところ。むしろ映画版では軽く流していた部分をわざわざ細かく書き連ねられても却って興醒めだろうという部分すらあったほど。その割にどうにかして欲しいと思っていたシーンにはテコ入れが一切無かったのも不満増大の一部。中盤でオプティマスが敗れるシーンは、あの大本命の戦いに一人で臨むというシーン展開に一切の説得力が無いからなぁ。一応は二部隊に分かれていたとはいえ、二体とその他大勢という配分だわ、連れのバンブルはディセップには全く価値のない脇役を待避させて居なくなるわで、私のいい考えどころの騒ぎじゃない無能な采配っぷり。そんな風に死ぬべくして死なれたところで正直ちょっとねぇ、とは当時から既に妥協していた部分。文字だけで済むのだからせめて別働隊の妨害の激しさでも何でも描写して土台を固めて欲しかったもの。
 代わりに補強されているシーンと言えば、サイドウェイズの戦闘がもう少ししっかりしていてアーシーの合体シーンもあったり、ランサックが唐突に出てきてあっさり踏み殺されるとか、前者はまだ良かったけど後者はポカーンのレベルで蛇足も甚だしかった。まぁこれら全て、映画では諸々調整されて無くなった結果であって、小説版は変更前のプロット段階のものをただ起こしただけ、ということなのかもしれないけどね。結局そんな話しか出てこないのが辛いところ。

 まぁ不味い所ばかり書いてもあれなので最後に全く違うところを一つ。映画版ではただの中間管理職に身を落としていたメガトロン(様を付ける程の威厳は奴にはないなぁ)が、小説版ではフォールンとは一種の契約関係に収まっていて、その裏切りを知るや堂々と見捨てて去るという、少しは大帝らしい立ち回りになっていたのが救い。旗艦ネメシスにて再起を目論むラストも大帝の威厳回復といった風で、これこそ映画のエンドロールの挿入シーンにして欲しかったくらい。まぁ強いて言うなれば、三作目はユニクロン戦争だと信じて疑わないファン的には、次もメガトロンは何処まで活躍できるのかなって話になっちゃうんですがね(笑)。どうなりますか。

# あと一点、訳者がファンなんだろうけど、中途半端にG1時代の名称を当て直してそれが統一されていなかったりするので、それを知らない人にはいい迷惑だろうと思う。映画版は原語名そのままで行くと既にコンセンサスが取れていると思ったのだけれどね。

普通に外伝で良かったとも勿論思いますが

 遅ればせながら、「ヨコハマ買い出し紀行」小説版が出ていた事に気付き早速読んでみた。
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 嗚呼、相変わらず良い色してますね。この色遣いが好きなんだよなぁ。「紅の山」とか、たまのフルカラー短編はどれも味わい深かったし。携帯サイトから拾ってきた「冬のおわり」の表紙絵が気に入りすぎて今の携帯を手放せない(コピー不可)原因の一つになっている気がしなくもない事はココだけの話にさせて下さいお願いします(何)。

 さてこの小説版は、夕凪の時代の更に後の時代に、地上最後のロボット・オメガ君が眠りについたアルファさんの記憶にアクセスするという所から始まる話。
 しかし、
 「2007年日本ホラー小説大賞最終候補作品」って、、マテ!(笑)

 つまるところ、原作がベースにしている「終末の時代」の要素を重点的に描いたお話になっていて、元を知らない人間からすれば何がヨコハマ買い出しなのかもさっぱり分からないくらい、元来の「てろてろ」な部分は含まれていないのでその旨あしからず。まぁ牧歌的な部分がバッサリ切られたターンA劇場版のように、それが全てではないけれどもちょっと寂しくはあるという感じで。どっちかというと、最終巻で加速した切なさパートを凝縮したものと思って貰えば良いかと。切なさ10倍くらい。
 その点、一冊という紙面の都合もあって諸々再構成されてはいるけれど(ココネもマッキも出ません。ファンは残念!)、オリジナルの表現を含めつつも個々の帰結する所は変わらず上手くまとめてきたなぁという印象。単純なノベライズでもなく、原作から逸脱する事もなく、適度なアレンジなのでファンでも安心できるのではないかと。まぁ巻末に読み切りの短編が収録されているというだけでファン的には買いなのかな(笑)。

 ・・・とまぁ書いてはみたけど何とも奥歯に物が挟まったような気分が拭えなかったので再考していたら日が経ってしまいました。最近こんなんばっかだなぁ(苦笑)。

 まぁ正直、この作品については(いつも以上に)何がどうだと断定し辛いところがあるのですよ。
 元々断片的に語られた要素から全体を組み上げていくタイプの作品なので、自分の場合はそれらSF的要素から形成された特殊空間上での人物の心象風景を愉しむ作品というスタンス。ただ中にはそのSF設定を更に掘り下げたいと思う人間も居る訳で、この小説版もそれを立脚点にした構成である点は否めない。その原作以上に「終末」の色の濃い世界設定(及び主題)がホラー扱いされたという訳で。
 しかしそのような「設定」を殊更に追い求める流れは、正直(この作品に限った事ではなく)自分はあまり好まないほう。設定解説に溺れて駄作に成り下がった作品も見てきたし、何より連載という形式故に発生しがちな不整合、これに関して既知の要素にこじつけていくだけの辻褄合わせの行為はただの不毛な作業だとすら思ってしまうのが本音。勿論、ファンの心理としてより完成された姿を求めたいという欲求が先立っているのは承知していますが、この点小説版は連載終了後の強みとして全てを総括して再構築を行っているので、無理なく自然な補強が出来ているとは言える。そうしてSF的背景を整え、それに合わせて各種エピソードを再構成した作りこそがこの小説版というものではないかと。
 こうした「改編」はファンジンには成し得ない公式出版の強みであって、公式のアレンジ版としては十分にその役を果たしているのではないかとは思う訳ですよ。この点個人的にはロクなアレンジを見てきていないのもあるんだけど。手前味噌に書き換えて、筋道が違えばそれがアレンジだと思い込んでいるようないわゆる原作レイプに比べれば、よっぽど正しく原作を理解して取り組まれているのではないかと(少なくともOVA二期の微妙なズレ具合よりはいいかなと)。別に悪くなかれ主義になる訳ではないけど、褒めるべき所は素直に褒めたいとは思う。
 まぁそんな感じなので、私的に手放しに歓迎できる訳でもないんだけど、否定するべくもないよなぁという。むしろこの内容にしては「ホッとした」という所。

 ただ強いて言えばやはり、7章の語り、いわゆる「設定解説」パートは相当にくどい。
 これを取って「自作設定集」扱いされるのも無理はないし、これこそが先に挙げた設定好きの悪い癖。ここは減点10の要反省としか言いようがない。
 ただまぁそこで重要なのは、あの事実を持ってしてアルファさんがその時そしてそれ以後に何を感じ得るかという部分なので、まだ辛うじて許容範囲。原作では直に触れてない部分(どちらかと言えばココネ担当かな)としてはまた一つの話の切っ掛けにもなろうかとは思えるし。
 しかしやはり同じ話をするにしても、原作であればもっと言葉少なに巧みに語るのだろうな、とは釘を刺しておきますけど。

数学は高校でドロップアウトしてしまったけど

 (グレッグ・イーガン)「ディアスポラ」読了。と言えるのかどうか。
 今までSFは何となくでしか読んでこなかった自分も最近ようやっとその楽しみ方が少しは分かってきたかな?という所で改めて触れた初の本格ハードSFかと思う。
 元々この人は難解な文章で有名な人なので今作も御多分に漏れず、初っ端からガチガチの文章が続いた時は流石に「ああやっぱまだ無理なのか」と思わされたもの。ただ幸いな事に、そこから続くソフトウェア知性体の自意識獲得のくだりや、ガンマ線バーストなる宇宙規模の災害の話などは比較的自分にも分かり易い題材だった。特にこれらは、片や人工知能の発達にも似た認識論的なアプローチ、片や別書「スタープレックス」(ロバート・J. ソウヤー)等で個人的にホットな話題でもあった宇宙論的なお話と、共に自分の興味によくよくマッチした題材だっただけに知的好奇心のくすぐられっぷりは物凄く、「やばい、ディアスポラ面白ぇよ」と脳内ボルテージが急上昇を見せたくらい。まぁ、その直後にやってきた数学論で軽く伸されてしまい、「ああやっぱり私が甘う御座いました先生」とはなりましたガ(笑)。(とはいえここは前回「ひとりっ子」での経験が活きたのか、何処を読み取って何処を把握すれば話に付いていけるのかの感覚が少し見えてきたようで、どうにか無事読み進める事は出来ました、と一応。)

 こういった過程を踏んだからこそ思ったのは、やはりこの本は「解る人間が読むと本当に無茶苦茶面白い」のだろうなということ。この本で語られている物事は、現実的なものであれ架空の物であれ、ただの荒唐無稽なアイデアというよりも何かしら実際の理論に基づいた発想が多くを占めており、つまりはそういう専門知識を持ったいわゆる学者連中こそが嗜む、正に「Science Fiction」、即ち科学界のフィクションなのだなと。そしてそれらを惜しみなく注ぎ込んだ本作はその真骨頂、或いは原点と言えるものなのかもしれない。
 ただそう書くと素人お断りのマニア本と取られがちだけれども、これは決してそういう訳ではなく(ただ相応の覚悟は必要ですガ!(笑))、それら専門的題材をベースにきちんと「物語」として収めてきている、そこが非常に巧いと感心させられるところ。それこそ諸処にちりばめられた小難しい理論を乗り越えて長い旅路をくぐり抜けた果てに「つまるところ全ては数学なのだ」と締めくくられれば、もう両手を挙げて降参するしかありませんよ先生、とかそういう感じ。いやぁ面白いなぁイーガン。これっぽっちも理解出来ているとは到底思えないのにね(笑)。

 それだけに今作はもう一度読み返したいという思いがいつも以上に強い。まぁ二度三度読み返した程度で果たしてお前に何が理解出来るのかとかそんな感じだとは思いますが。いや冗談抜きに(笑)。それでも少しでも理解に近付きたいと思わせる魅力は凄いと思う。
 ただまぁ今の自分はとにかくもっと触れるべき物が多いので、それらを通して経験値を蓄えてから再度戻ってこようかと思いまする。勿論、他の本にも言える事だけどね。

 いやぁ、やっぱSFはおもろいなぁ。
 性格柄、偏る事は危険だとは思っているので他の物にも手を着けはするんだけどハズレが多いのか何なのか、またSFに戻るとハマり度の違いに悩まされもする今日この頃。そこで某氏には「SFは面白いんだからしょうがない」と身も蓋もない事を言われたんだけど、全く反論出来ないのがいやはや何とも、困ったもんだ(笑)。

ダイナソーハンティング(無関係)

 うーむ、忙しいというより時間が無いだけなんだけど。
 思い付くネタはあっても気力と余力が伴いませんよ。
 正直、行き帰りの読書が一番確実且つ一番面白い今日この頃で御座います。

 という訳でたまには書いてみよう。
 昨日読み終えたSF小説、「さようならダイノサウルス」(ロバート・J・ソウヤー)

 いやいやこれはもう。タイムトラベル物だったのでてっきり噂の「乱丁でタイムループ発生?」の奴だと思い込んで、それこそ今か今かと(笑)。これで「キター」となったらもう最高だよ、と余計な所で盛り上がってしまった所為か、別の作品だと知ってしまった後は普通に話が収束してしまってある意味拍子抜けしてしまったような(ォィ)。何てこったい。

 それはともかくとして、非常に読み易く分かり易い良作でした。やっとこさこの辺の善し悪しが分かるようになってきた気はする(今更)。いや如何せん、直前に読んだのがイーガンの「ひとりっ子」で、こいつは特に堅物な奴だったらしく全然頭に入らなくて軽く凹んでいたりもしたもんで。(Oracle嫌いになりそうです(違))
 この点、やっぱり某氏から借りる本の方が圧倒的に当たりが多い。悔しいかな、一度くらい自分でコレってのも見付けてみたいものだけれど。やはり積み上げてきた歴史の差が圧倒的か。

 因みに何が良かったかというのは、解説を見て貰った方がより適切だとは思うけれども、実際言われるように構成が非常に綺麗。
 伏線の張り方が丁寧な作品というのはそこかしこで見るけれども、理屈モノの悪い癖か伏線を伏線たらしめる作り方が鼻に付いたり、ややもすれば言い訳の積み重ねに終始してラスボスが廃品回収になってるような酷い作品まで出てきたりと、個人的には却って良い印象の無い部分。
 この点、今作はキャラクターとそのバックボーンがまずあってそれが自然と話に結び付いていく感触、勿論それも意図的であればこそ成り立っているのだけれどもそれを感じさせない、そういう自然発生的な文章構成が良かったのだと思う。
 まぁ、どんでん返しの代わりに偽タイムループを期待してしまっていた自分には、ってまだ言うか(笑)。
 本物の方も楽しみにしておきますヨ。

 しかしこの作品に限らず、私的には最近タイムワープやパラレルワールド物を見る機会が多いのだけれども、ぶっちゃけ自分の貧相な脳味噌ではパラドクス云々でとっくに頭打ちになる所を、あの手この手でよくもまぁこれだけ話を膨らませてくれるな、と。ほとほと感服致しまする。

自重

 さて、今までは華麗にスルーしまくっていたんだけど、つい手を出してしまいました。
 一部で大人気の「ひぐらしのなく頃に」
 ミステリー趣味こそ無いけれど、狂気に至る心理描写とかそのバックグラウンドとか、(あまり健全な趣味とは言えないけど)そういうのを勝手に期待してしまい首を突っ込んでみた。
 けれども結論から言えば、ガッカリ、というのが正直な所。
 ミステリーをギャルゲーベースに展開した作品かと思いきや、ギャルゲーにミステリーの手法を応用した作品といったもの。つまりはまるで真逆。
 元々の作者の構想は後者だったのだから、ここは求める物の違いだったと言う他ない。

(以下、当然の様にネタバレ含む
 まぁ体験版=第一章で既にキャラ萌えはお腹一杯だったし、何よりも話の長さに躊躇して、結局体験版のみでドロップアウトして粗筋ネタバレに走ったので、細かい所を論ずるつもりは毛頭無い。
 ただ一話から既に怪しいというか、主人公の行動不純があまりにも目立ってしまい、でも「いやいやいやいやいや(まさかそんな事は)」と安易な考えを否定しながらもバレを追ったら、正に「そのまんま」というオチには流石に参った。 結局、事件の真相そのものは錯乱性ウイルスの存在と裏組織の暗躍という、ミステリー視点で追えば「そりゃ無いよ」級のガッカリ感(ココは最初のオマケの煽りも深読みに走る要因だったかと)。まぁもし話を理屈付けようにも一部シーンの原因は幻覚(気狂い)か超常現象かの二択になった時点で既に諦めもついていた、って言えなくはないけれどさ。(或いはホラーの定番的な夢か現実かって演出があればもっと騙されたろうけど、、、後で余計に凹むだけか(笑))
 そう言った観点ではなく、あくまでミステリー要素を取り込みつつ、元来の多分岐型サウンドノベルを逆算してそれら全てを超越者のタイムループという設定で繋ぎ、一つの話として紡いでいったというシステムの妙こそがこの作品の実態。
 ただ、強いて言うと、少々ミステリー要素を安易に片付けてしまったとは思うね。禁じ手などと言われてるけど、実際それでは成り立たないというのが本音じゃないのかなぁ。私的観点で言えば、ミステリー・ホラーの中核は人の思念であれ怨念の類であれ情念的な不定形な物に根付くもので、その芯の捕らえ所の無さがキモかなとも思う。この部分を組織や薬物という確固たる原因に帰結させられたのが違和感の元。ホラー系だけど、過去に折角の不可思議不気味シーンが人為的工作だったというオチで一気に興醒めた例があったし、理屈の付け方にももう少し注意が要るものなんじゃないのかなぁと。

 ま、これは今更の話だとは思う。
 ただ個人的に「がっかりしたー」とはどうしても言わざるを得ない(笑)。



 でもって、そもそもこの作品を囓った切っ掛けは、ぶっちゃけ昨今の残虐性問題な訳でありまして。
 この点、当初はもっとミステリーに絡んだ物があるかと踏んでいたのだけれど、結局はハーレム主人公と美少女の惨劇という典型的なギャルゲーパターンでしかなかった。故に、残虐性はあくまで悲劇を駆り立てるエッセンスでしかない。こうなると少々扱いに気を付けるべき所かなとは思ってしまう。
 単なる気狂いなホラー演出なら珍しくも何ともないけれど、そこはもちっと複雑で、各々の意志で動いている筈のキャラクターが突如として残虐行為に走る、その行為の理由付けが、病的な要因とその背後に潜む社会悪とに集約されてしまう。当人の意志とは離れた外的要因が設定される事で、本人には(直接的な)非がないという同情めいた擁護思想にも陥りがち。ここが実にタチが悪いというか。ぶっちゃけ卑怯なんですよ(笑)。キャラへの感情移入にもってこいだし、凶行については良い様に濁されてしまう。ま、そんな風に捉えるのは一部の人間だと笑い飛ばすのは結構だけど、一部はマジになる訳だからして。ここは予備軍の自分だからこそ言える、と言っておきますか(ぉ)。
 本来は道理が何であれ、「凶器を振るう」ことの是非そのものは明確に表されている筈であって、そこを忘れれば只の快楽殺人と何ら変わらない。本来重要視されるのはこういう倫理的な部分なんじゃないの? と、別にこの作品に限らず思う事なのですがね。

 尤もこの作品そのものは、元々は同人頒布の非常に趣味性の高い物。単なる悪趣味の産物で、その筋では何ら珍しくないレベルの物だろうとは思うし。そういう本来のローカル分野で地味にやってる分には別にどうというものですらない。
 むしろ、これを囃し立てる周辺メディアの無節操さに疑問を覚える。
 と言ってもただ昨今の流行りに乗っただけなんだけど。そういう行け行けの御輿担ぎの発想こそがね。対象の趣味性が高ければこそ、もう少し慎重に構えるべきかと思う。なんて言った所で儲かる以上は勝手にやらかすのは世の常で、だったら規制という壁で遮られても何も文句は言えないと思わなくもない。っつってもその規制自体も只の責任逃れでしかない訳で、所詮、どっちがマシかって次元の話でしかないんだけど。そこの所は今はどうでも良くて。システムが正常に機能していない以上、その上に乗る側が自制していくしかない。
 故に、こういう話題性の高いものが(善し悪しを論ぜぬまま)一気に広まる昨今、もっと接し方を真面目に考えて行くべきかと思う訳で。何でもかんでも目立てば祭るのはいい加減どうなのかなってね。っていうか何でここまで流行ってんのコレ?
 まぁ正直、皆そんな細かい事は気にせず、目の前に在る物をただ摘んで面白おかしく楽しんでるだけ、ってのは分かってますがね。自分がそういう無遠慮な快楽至上主義を嫌うというだけの事で。
 いや、せめて節度を学びたいと言いますか。何事も下地の積み重ねだと思うんだよなぁ。

 要するに何が言いたいかって、「お前等自重しろ」と。そんだけなんすが(笑)。



 などと書き殴って既に空気は最悪ですが(ぉ)、(しかも相変わらず酷い文に凹む、けど諦めて晒す)

 一応書いておくけど、自分の趣味と期待の範疇から離れていたというだけで、この作品(体験版)自体はそれなりに楽しんで読みましたよ。話の構成は昨今の下手な継ぎ接ぎ脚本より余程良く出来てるし。強いてキャラを挙げるなら部長さんみたいなのは見てておもろかったしね。
 それに何より、このサウンドノベルの分岐の仕組みを突き詰めたとも言える、多次元的な語りのシステムは確かに面白いと思う。分岐世界を効果的に見せていくなら順番も考慮するしかないだろうなとは自分でも思っていたし、実際そういう例を何処かで聞いた様な、うろ覚え。
 如何せんサウンドノベルはギャルゲーパターンに偏りっぱなしなので、あの世界に馴染めない自分には手の出しようがない。精々、本家本元の「街」をやったのが最後か。あれもピンクシナリオのオタク物語でドン引きでしたが(苦笑)。
 なんかな、こういうのでもっと普通に触れられる物が欲しいね。ネタ的には好きなのに。
 そういや前に某氏が読んだSF物で、タイムループを匂わせるシナリオで突如物語が以前のページ内容に巻き戻るというよもやの展開に奇跡を予感したものの、実は単なる乱丁だったという強烈なオチ(しかもかなりの枚数がまとまっててすぐには乱丁だと思えなかったらしい)、というのを思い出してしまった(笑)。

夢見る屁理屈屋

 最近、随分読書づいてきましたよ。漸くというか今更というか。
 東急の平和っぷりとMP3プレーヤ(のリモコンのクリップ)の破損の後押しも相当大きいけど、やはり某氏からお勧めの本をまとめて借りたのが大きいと思う。進行度も没入度も断然違う。
 特にクリティカルヒットだったのがジェイムズ・P・ホーガンの「星を継ぐもの」。トンデモ理論を理詰めの論述でそれっぽく感じさせる、何とも「騙されてる(笑)」感が実に心地良かった。他にももっと出来の良い本を借りていたのに(個人趣味の差で)いまいち霞んで見えてしまったくらい。理屈屋というか屁理屈屋?(ぉ)にはこの作りは堪らんですよ、先生。
 で、続くガニメアンシリーズ三部作を今日読み終えたところ。しかし、うーん、いまいち素直に受け容れられない自分が居りまする。いや、良く出来てるし、実際凄く盛り上がって面白かったんだけどね、でも「何故に今更政治問題が出てくる?」という疑問符は最初から最後まで付きっぱなしだったなぁ。
 「星を継ぐもの」と二作目「ガニメデの優しい巨人」については学術論的面白さは勿論、もう一つ印象的だったのは、理想或いは夢想とも言える一切合切の人的衝突を取り払った「悪意の無い社会観」が実に気持ち良く描かれていた点。余計なノイズに悩まされる事もなくひたすら前向きの回答が積み重ねられていくポジティブスパイラルの感覚は、この荒んだ東京砂漠に暮らす無力な一市民の心を癒してくれたとも言えてしまう訳で。馬鹿だろうが甘ちゃんだろうが、正しく理想を追い求める姿勢に一体何の批判があろうか、とね。
 しかしそれが三作目「巨人たちの星」に入って唐突に、アメリカ・ソビエトの冷戦から星系レベルの陰謀まで飛び出すというすっかり掌を返したかの様な作品展開には、結局は「野暮な”リアリティ”の要望に屈してしまったのか?」という疑念が絶える事はなかった。前作で政治問題完全無視のファーストコンタクトまでやらかした作品の世界じゃねーよコレ!、ってね。悲しい。

 因みに、都合上この前に新三部作の第一部「揺籃の星」の方を先に読んでいたのだけど、こちらも理想世界クロニアと、進歩も止め利権にまみれた旧世界地球との確執がネチネチと描かれた時は相当首を傾げてしまったもの。ただこちらは、後に文字通りの「滅亡」を迎える惑星地球の混乱の最中、「我々は悲しい世界に住んでいるな、ランデン」の一言を下巻まるまる一冊使ってまで描いて、続く続編で「”リアル”な理想社会の再構築」でもやらかしてくれるのかと、期待半分不安半分で妄想したりしてたんだけどね。

 やっぱなぁ、ホーガンは羨ましく思えるくらいの理想家であって欲しいのですよ。私的には。
 他の作品はまだ読んでないから、あくまで初期の印象に過ぎなかったのかもしれないけどさ。