再プレイにかこつけて

 さてはて、またもや洗濯物を溜めこんで完全自動洗濯機(洗って、干して、畳んで、しまう)が欲しくなって参りましたが、その度に「お洗濯は好きなのです」の台詞が身に染み入るこのお年頃。
 かの宮崎駿も「名探偵ホームズ(ケモナー版)」でハドソン夫人を掃除好きの世話焼き女房タイプに描いておりましたが、ああいうのは野郎共通の永遠の夢想なのでしょうかね(ぉ)。

 そんな訳で、(あれこれやってて間も空いてしまったけど)、先月の連休にちょっくら「ドリームクラブ」をやり直してみたのですよ。
 以下、相変わらずのマジレス混じりの門外漢の非ピュア紳士発言が続くと思いますので、皆々様にはごめんなさい。

 しかしまぁ結構ZERO版の記憶に上書きされていて、無印(初代)は「あれもない?、これもない?」と内心ビックリ。ボトルが引き継げない?だとか、バグだかなんだか分からない挙動もちらほらで、当時も書いていたけどZEROでようやっとそれらしく出来上がった所もあったんだなぁと。
 だからなのか正直、終わってみると当時のプレイ感想そのまんま、正に「過去の追体験」をしてしまった気分(汗)。
 アイリ(ちゃん)の会話は相変わらず面白くて大好きなのですが、せっかく仲良く面白会話を続けていたらいつの間にか惚れられて(一応の)恋愛エンドのオチを付けられてしまったというか。
 いや、「お前は何を言っているんだ?」の画像レスを付けられても致し方の無いレベルですが。
 こちとら恋愛ゲーがどういうものなのかも分からずにプレイした出発点があるもので、そもそもキャバクラで女の子と恋に落ちようという想定がまるで頭の中に無かったという。友人にも「いや本気でそういうつもりで通ってるでしょ」と突っ込まれて「そうなのか(困惑)」となったくらい。
 ただそういう意味では、単なる接客会話でなく本気で惚れてくれるピュアな女の子が集うお店という意味で、「ドリームクラブはキャバクラではありません」なのか?という真理に今辿りついてしまったのやもしれません。
 考えてみれば時間を区切ってお話をしていって仲良くなった相手とはデートしてみましょうという流れは、ある種の出会い系のお店(ただし詐欺目的ではない、おそらくは純粋に真っ直ぐな)と言いますか。正しく「ピュア紳士淑女の社交場」と申しますか。なるほど、何だか物凄く納得してしまった感。

 ・・・流れを間違えました(ぉ)。
 それはさておいても、やっぱり無印アイリの台詞・性格はいい感じに自分好みだったなと。声もかわいいし。
 よく「声『は』かわいい」と言われてますが、性格もかわいいよ、ってかロボかわいいよ!
 ・・・また間違えました(ぉ)。

 無印は自律思考型AIの実験機として、考えること理解することを目的(使命)として活動している感じに妙に心をくすぐられるのですよ。いや別に人様に推すほどテキストが秀逸だという訳でもなんでもないんですが。他愛のない季節会話が小気味良い。
 この点ZEROの方は、よくよくテキストを振り返ると、もうちょっと直球な恋愛会話にリソースが振られているような気がする。当時から違和感は感じていたけれど、そこは生まれたてのプロトタイプという設定の違いだけではなく、テキスト作り・シナリオ作りの方向性自体の違いがあったのかもしれない。
 無印のシナリオは開発途上の実験機ゆえに発生したデータの再初期化という宿命を受け入れようとするAIのほんのり切ないお話。一方でZEROは敵対的に埋め込まれた悪感情ウィルスを恋愛感情により封じ込めてしまうという奇跡のお話。まさしく恋愛エンドという訳で、うまいこと(?)恋愛ゲーらしいシナリオに収めたということにはなるのでしょうが。うーん、まぁ、うん。良い子と悪い子が共存して人間に近付きました、キカイダーですね分かりますと(笑)。

 まぁやっぱり個人的には無印エンドの方が、オチ(モノローグ)以外は好きかな。
 オチはその後何故か(フォーマットして別実験に回すとか言ってた筈なのに)主人公が払い下げの旧型アイリを引き取る、という「何じゃそりゃ」級の奇跡のちゃぶ台返し。ここは正規ピュア紳士の方にも同意見を述べておられる方がいるようなので、こちらも自信を持って「見なかったフリ」をしたいと思います(笑)。モノローグなんて無かったのだ。
 その意味では、ZEROのフレンドシナリオは無印の切ないエンドの仕切り直しとも言えなくもない。花の種になぞらえて後継機の礎となることを受け入れるシナリオ。(いわゆるバッドエンドなので残念ながら奇跡は起こらない。残念ながらね。)
 ただし折角のアイリの「妹とも仲良くして下さい」の願いを反故にしてドリームクラブに通うことをやめた主人公レイタロウ君は「軟弱者め」と言わざるを得ない。当人の中では最初のアイリとの思い出を大事にし続けるという意図なのだろうけれど、言ってしまえばこれは「どっちを選ぶか」という二者択一の恋愛論なのだろうか。うん、だから「お前は何を言っているんだ?」と(笑)。
 まぁともあれやっぱりモノローグなんて無かったのだと。

 そんなこんなでZEROフレンドエンドから、「あなたはピュアな心をお持ちですか?」にごめんなさいしてロンリー版OIOIに雪崩れ込む、のが個人的ベストルートなのかもしれません(ぉ)。
【ニコニコ動画】ドリームクラブZERO 『OI×OI 100萬¥☆』(ロンリーバージョン)

 これね、歌詞があまりにも秀逸すぎて、オリジナルを知っている身としては爆笑ものなのですよ。加えて無駄に力の入った曲とコーラス。あまりにも面白すぎて、それこそ場が許されるものならカラオケで歌ってみたい、とは言わないまでもバックコーラスに参加してみたくなるレベル。
 正直Gogo.もここには期待しておりまして、(PS3は流石に今更買う気はしないので)いつかPS4ないしは箱ONEに移植された時のために、動画も見ないで楽しみに取ってありまする(ぉ)。

 アイリと主人公の斜め上会話合戦もそうだけど、ドリクラはこういうちょっとおちゃらけのコメディ部分が好きなんですよ。
 ラブコメみたいなもんだと思えば、、、ってあれ、考えてみると、あんま最後まで読んだこともなくてどうこう言える知識もなかった。

 と、ここまで書ききった後に思い出したので流れに組み込む余地がなくなってしまいましたが。
 そもそもは「やっぱり(いい加減)他のキャラも見てみようかな」と。その足掛かりとしてアイリの再プレイから始めたつもりなんですが、「なるほど疲れた」でクリアしたまま結局また頓挫してしまったという。いやまぁ単純に暇が無くなったというのも9割以上はありますが。
 ただやっぱりゲームプレイとしても微妙なんだよね。改善されたZEROですら、「こればかりやっててもダレるから(他を挟む)」と実況動画でも言われていたし。
 それに一人黙々とやるより、人様に突っ込みを入れながら実況プレイを見るくらいが丁度良いんじゃなかろうかと。
 ZEROの方は、よくよく調べたら発売日から順にプレイして我慢に我慢を重ねて2年越しでアイリを迎えた真のピュア紳士様の実況が大変面白すぎて、これで全キャラ追えばいいかなと思ってしまっている次第。
 無印も良い実況があればいいのだけど、どうだろう。実況は主の面白さに依存しちゃうからなぁ。ぶっちゃけさっきの人にやってもらいたい。けどまた2年かかるのか(笑)。

 さてここから先はドリクラ云々じゃなくて、ロボ子云々のお話ですが。
 まぁやっぱり蓋を開ければ(というか開ける前から)「ロボ子との恋愛ゲーム」だったというのは、端から見られる意味でもマジレス脳が迷いを抱かせる話ではある訳で。ただ先にも述べたようにあまり深く考えずに、「ロボ子AIとお酒を飲みながら会話を楽しんで頂くゲーム」って何じゃそれ、という興味が最初の発端。
 そもそも単純にロボAIモノが好物としてあって、それが更に可愛い女の子ロボだったら最高じゃないですかコノヤロウ、みたいな話ですよ。

 まぁ言っても別段マニアックに読み集めてる訳でもない、下手の横好き程度にはなりますが。
 以下、単に思い出した順に、程度のお話ということで。

 個人的なロボAIの元祖(出発点)は世代的にやはり「ナイトライダー」のK.I.T.T.かな。
 HAL9000のようなコンピュータへの危機感を一通り描いた後の、純粋な未来への期待の意味での「人間とAIのパートナーシップ」の物語。いわゆるバディ物。
 それから時代も過ぎて、より現実的(現代的)な観点で描かれたものとして思い出すのは映画「月に囚われた男」のGERTY(ガーティ)。閉鎖環境下における人間のサポート用AI(注:映画としてはあくまで脇役ね)。人間には程遠いまでも、簡単な感情を理解しアイコンでそれを表現する様が愛らしい参考。そしてネタバレだけど、ただ監視役として杓子定規の判断で人間に相対する事になるのではなく、あくまで主人公の感情を察してそれに見合った決断を下していく、あの一連の展開がさりげなく良かった。

 この辺、一口に「感情を持つAI」などと書くと胡散臭いだけだけれど、実際は今後益々ロボが人間の仕事の代替を進めていく中で、対人スキルを要する仕事の為に「人間の感情を理解するAI」というのは求められてくるんじゃなかろうかと。(今でも極々初歩的な研究は出ているけど)
 それでもGERTYみたいなのはやはりただの機械の箱と取られるもので、作中でも「KICK ME」と背中に貼り付けられながらも、(おそらくはそういった主人公の八つ当たりの感情を察しながら)サポートに徹する健気なAIの姿があったりも。
 ともあれここはやはり人ならざるものに対しての精神的抵抗はあり得る訳で、より高度な「まるで人のよう」なロボの形も対人業務の一つの回答になり得るのかなと。この辺は洋ドラ「ALMOST HUMAN」(wkipediaがないのでこっちで)で最新AIロボをやっていた。AIロボとのバディ物の現代版。
 これは感情持ちAIをよりにもよって警察なんぞに導入するから、余計な懸念が発生して廃棄食らって「ロボロボした愛想のないモデル」に立場を奪われたところから始まってますが。そりゃ適材適所ってものがあるだろうと(笑)。まぁだからこそ、トラウマを抱える主人公のために特別に復帰させたモデルだという設定。いい感じにエンジンも掛かってきて当然続きを心待ちにしてたんだけど、S1打ち切りってマジですか、オイ。あの出来で切られるとか意味分からん、、、。
 余計な情報に気付いてしまったけれど、ともあれ。

 こんな感じで好物が浮いては消えていく(苦笑)中で、アイリが一点面白かったのは、開発途上の実験モデルという立ち位置。
 感情データパターンの収集こそが第一目的であって、データ=記憶が処分されることもあれば、ソフトがアップグレードされる中で自我(に類するもの)の移り変わりもあるだろうし、ゆくゆくは後継機に道を譲っていく。
 ロボといえば長寿ネタで人間より長生きに扱われがちだけれど、これがこと開発途上機ともなるとむしろ立場は逆。テクノロジーというのはそれこそ「浮いては消えていく」存在なのだと。それこそ人の思惑次第で。
 ここはいわゆる自己保存概念の点で、異を唱えて反逆を起こすAIネタなんてのもありますが、それは今時B級SFに任せるとして。あくまで人の社会に溶け込んで生きていく上では、むしろそれを踏まえた上での自らの在り方を捉えるのが彼等AIということになるのかなと思ってみたりも。
 ALMOST HUMANでも個性の主張はするけれども、廃棄時のフォーマットに始まって記憶データ操作は職務上必要なもの(横流しされたら大変)と理解していたし。
 それこそ実験機のアイリは「仕方のないこと」と受け入れる(ようとする)健気な姿勢。
 もう一個SFロボ子で思い出す「ヨコハマ買い出し紀行」で、過去の研究開発に関して「決して良い話ばかりではなかったと思う」と語る先生の言葉に通じるものがある。
 「人間の勝手な都合で~」などと無印イチロウ君が言ってましたが、ええ、実に人間の都合ですよ。それを理解して尚、誰を責めるでもないアイリの良い子ぶりが実にいじらしい。であればこそ、彼女達本来の目的通りに後継機の発展を見守っていくのが筋ってもんでしょうがよ。
 ああうん、この辺もう「酔わなきゃこんなこと言ってられないよ」ってやつですね(ぉ)。

 そんなこんなで設定から勝手に解釈を膨らませながら、その儚さというものに思いをはせたりしつつ。
 まぁあくまでそれらは背景に置きつつ、結局のところ喜んでるのは主人公との斜め上会話合戦なんですけども。
 キノコ狩りをキノコで一括りにするのは、別にベニテングダケ狩り(違)とかに限定しないでまとめて色々採ってくるからじゃないかなと思いますよ。

 いつもの如くドリクラ関係ないよね、ってオチにしようと思ったけどそうでもなかったかもしれない(笑)。
 以上、酔った勢いで書き連ねてみました。1ミリも飲んでいませんが。