地球最後の日に

 さて、マヤ歴最終日を迎えた本日ですが皆さん如何お過ごしでしょうか。まぁいつも通りですよね(ぉ)。
 かくいう自分も相変わらずの平常運転どころか未だ胸のエンジンの火の付け方が思い出せない毎日ですが、やっぱSF分が足りないよなー、というところに丁度始まったCSの「ユーリカ」のベルト放送。シーズン3からしか見ていなかったので1・2も抑えておきたい。(3話見逃してしまったけれど)
 最先端の極秘研究を行っている研究所とその町を舞台に繰り広げられる「本格SFサスペンスドラマ」、というその謳い文句を見た時点で笑いがこみ上げる、というか動画の時点で既に「おかしい」と自ら語っている、そんなコメディタッチのドラマ。毎回スゴい発明が披露されて毎回とんでもないトラブルが起きる、とてつもなく危ない研究所としか言いようがないのだけど、まぁトレックなんかでもしょっちゅう無茶苦茶なトラブルに見舞われているので、科学に危険は付きものと認識されているんですよきっと。
 んで毎回その凄い科学技術にそれなりのそれっぽい説明もついたりする訳ですが、理屈が通る以前にそもそも視聴者は知ったこっちゃないというのを門外漢の立場の主人公カーターが代弁しているので、ヘンリーその他技術陣が「つまりはこういうことだ」と手短にまとめてくれるその案配にいつも安心する。この辺、「FRINGE」もそうだよね。ウォルターが訳の分からないことをまくしたてて「そんなことも分からんのか」と言わんばかりのところを、ピーターが実に分かりやすくまとめてくれる(いやまぁウォルター自身が分かりやすく例え話をしてくれることもあるけどね、ピーターの相の手などの仲介要素は大きい)。まぁどちらもおよそ説明も出来ないレベルの科学ばかりだというのあるけれど、それ以上にドラマとして必要な一線をわきまえた講釈に留めているというのが大きい。1時間もあればじっくり蘊蓄を垂れる時間もあるだろうが決してそんなことはしない。SFだから小難しい理屈を通しきらなければいけないなんてのは愚の骨頂で(それも悪くはないけれど、それが出来るのは超一級の作家だけ)、ちょっとしたSFネタをベースに話を楽しませてくれればそれで良い。ハルヒもそんなつもりで見てみたんだけどね、っといや何でもない(ぉ)。

 ともあれ、ユーリカはまぁ基本コメディ色の強い「アホおもろい」ノリではあるけれど、結構真面目な回もあって、最初に見た第4話は「短期記憶を消去する機械」を夫に使われ「研究の完成等、人生の重要なシーンをことごとく書き換えられてきた」女性研究者の話だった。無茶苦茶重いじゃんよ(笑)。
 短期記憶・長期記憶の仕組みと言えば生物学的な構造になる訳だけど、そういやロボット、いわゆるアンドロイドなんかは同じ構造を取るのかなぁと。人間を模す必要性が高ければ(丁度先日のFRINGEのシェイプシフターみたいに)それもあるだろうけど、単純に一機械として見ればわざわざ録った記録を消すのも勿体ない話だよなーと思いつつ、でも記憶容量のことを考えたら馬鹿にならないなとも思ってみた。数年ならまだ大したこともないかもしれないけど、人の人生と同じだけでも相当量になるし、たまにある何千年前から生きてたロボットなんて仮にハードが保ったとして実は記憶容量ヤバいんじゃないのと。データ容量が嵩めば嵩むほど検索等の広域的なアクセスがとんでもないことになるし、google先生がやっているような高度のインデックス化技術も何処まで通用するか。結局、適度に物忘れしてしまうのが良いのかね。などとしょうもないことを垂れ流してみる(笑)。記憶ネタも楽しいよね。

 そんなこんなと考えながら本屋に行ったら丁度「シドニアの騎士」最新刊が売っていて(androidアプリでチェックしていたけど最近調子が悪くて全く気付かず)、程よくSF分を補充出来た地球最後の日でありました(まだ言う)。
top↑